2016.02.09

読書 ティファニーで朝食を(トルーマン・カポーティ、村上春樹訳)

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2016.02.08読了。

映画は見ていない。ラブロマンス的な印象を持っていたが、その要素もあるものの、主題はずいぶん違っている。社会に不適合な、あるいはより良く表現するなら"自由な"若い女性とひと時をすれ違った作家志望の男性の数か月の物語。一緒に収録されている短編も含めて、自由がテーマなのかなと読み進めていたが、巻末の訳者あとがきで、若さからくる"イノセンス"が年齢と共に失われていく姿がテーマとされていて納得。

1980年代の雑誌の全盛期には、自動車雑誌などでも、この作品のような短編が連載されていたのを思い出す。web上に移ったメディアでは、連載/短編小説は見当たらないのは残念。当時の紙の雑誌も現在のwebも広告ベースである点は変わらないとは思うが、集まる原資の額が違うということか?こういうものが、どこかで提供されているなら読んでみたい気がする。

2015.12.13

Netflixの時代(西田宗知佳、現代新書、ReaderStore)

Netflix

2015.12.13読了

映画やドラマのネット配信事業の今をまとめた本。映画もドラマもあまり見ないが、世の中はどうなっていくのかという興味で読んでみた。
日本のコンテンツ企業は囲い込みたがる保守的な人たちというのがこれまでの印象だが、それもようやく変わり始めているというのが全体を通しての話。

この本に書かれていたわけではないが、おそらくは企業の役員クラスに、ディスク以外のメディアを使いこなす人が含まれるようになったというのが変化の理由のひとつではないかなと思う。役員として新しいメディアへの進出を判断する際に、それがどんなものかを理解できていることは前提条件であり、ようやくその条件が満たされるようになったのだろう。

2015.12.04

Word 日付自動入力時(Alt+N D)に日本語書式を指定

Microsoft Wordで日付をAlt+N Dで自動入力する際に、カーソル位置の文字が英数ならば、英語(米国)、かな漢字ならば日本語のダイアログが表示される。日付の書式は日本語に統一したいため、この仕様は具合が悪い。英語(米国)ダイアログでも日本語書式が選択できるように設定した時のメモ。

==Word2013@Windows10==
(1)Officeの言語設定に英語(米国)が存在していることを確認
(通常は英語(米国)が存在しているはず。また、英語(米国)追加は不要かもしれないが未確認)
(2)設定 – 時刻と言語 -- 地域と言語 – 日付、時刻、地域の追加設定
-- 日付、時刻、または数値の地域設定 -- 形式を英語(米国)に変更 -- 追加の設定ボタンを押す
(3)形式のカスタマイズ -- 日付タブ -- 短い形式欄にyyyy.MM.ddを入力しOK
(4)Wordを起動し、英数文字にカーソルを置いてAlt+N Dを押す
(5)日付入力ダイアログが英語(米国)で開くので、"2015.12.02"を選択し、既定にするボタンを押す。
・以下は(日本語の設定がデフォルトに戻っているので再設定する作業)
(6)設定 – 時刻と言語 -- 地域と言語 – 日付、時刻、地域の追加設定
-- 日付、時刻、または数値の地域設定 -- 形式を日本に変更 -- 追加の設定ボタンを押す
(7)形式のカスタマイズ -- 日付タブ -- 短い形式欄にyyyy.MM.ddを入力、週の初めを月曜日に変更してOK
・この状態で、地域と言語の英語(米国)を開いてもyyyy.MM.ddはなくなっているが、Wordの日付入力 英語(米国)ダイアログでの選択肢には残っている。
 
==Word2010@Windows7==
(1)Officeの言語設定に英語(米国)を追加し、Officeを再起動(ファイル -- オプション -- 言語)
(通常は英語(米国)が存在しているはず。また、英語(米国)追加は不要かもしれないが未確認)
(2)コントロールパネル -- 地域と言語 -- 形式を英語(米国)に変更 -- 追加の設定ボタンを押す
(3)形式のカスタマイズ -- 日付タブ -- 短い形式欄にyyyy.MM.ddを入力しOK
(4)Wordを起動し、英数文字にカーソルを置いてAlt+N Dを押す
(5)日付入力ダイアログが英語(米国)で開くので、"15.12.02"を選択し、既定にするボタンを押す。
(6)再度、Alt+N Dでダイアログを表示すると "2015.12.02"が追加されているので、それを既定に設定。
・以下は(日本語の設定がデフォルトに戻っているので再設定する作業)
(7)コントロールパネル -- 地域と言語 -- 形式が日本語であることを確認 -- 追加の設定ボタンを押す
(形式は自動的に日本語に戻っているはず)
(8)形式のカスタマイズ -- 日付タブ -- 短い形式欄にyyyy.MM.ddを入力、週の初めを月曜日に変更してOK
・この状態で、地域と言語の英語(米国)を開いてもyyyy.MM.ddはなくなっているが、Wordの日付入力 英語(米国)ダイアログでの選択肢には残っている。
(9)英語(米国)キーボードが追加されていたので、MS-IMEの設定ダイアログで削除。

2015.12.07追記
言語を変更すると、オートコレクト関係の一部の設定がリセットされるみたいなので、
実施前にスクリーンショットなどで記録しておいたほうが良いかも?
(Officeの設定同期機能はいつになったら実装されるんだろう?)

2015.11.09

Apple Music

Apple Musicを試してみた。

前提条件として、iCloud Muisc libraryはライブラリの歌詞データが破損されたりしないかという不安があるので、使っていない。

洋楽、ジャズ、クラシックでの出会いを期待して試し始めたのだが、それらの分野でのおすすめ曲をいきなり聞くには予備知識がなさすぎてハードルが高い。ある程度の絞り込みはされているのだけれど、まだ情報が多過ぎて、手当たり次第に聴いていくにはあまりに多過ぎる。予備知識のあるジャンルとして、古めの歌謡曲やフォーク関係では、検索結果に出てきた好みの曲のハートをポチっていくと徐々に適切なおすすめが増えてくる。しかし、この範囲では知っている曲、アーティストばかりで、以前にWiiのカラオケアプリ付属の曲リストから作成した"欲しい曲リスト"と違いはなく、自分が既に持っていた情報を確認しているだけで、Apple Musicを使う意味はない。

ここまで続けてみて気付いたのは、おそらく、自分が求めているのは偶然の出会いではなく、書籍やweb記事、新聞記事などの他の文脈からの誘導、すなわちある程度の編集作業が加わった出会いであって、偶然の出会いではないということ。聞き放題ではあっても選ぶには時間も知識も必要だということ。Apple Musicの仕組みもその点を配慮しているのだろう。でも、偶然だのみを許容できるほど、時間も頭のリソースも残っていない。

もう1点、気になったのはダウンロードまでの数秒間の待ち時間。試し聞きの間は、テレビのランキング番組のように1コーラスまで、あるいはもっと短い時間だけしか聞かずに、次の曲に移動する。その時の数秒間が待ち遠しい、というか我慢できない。ネットワーク速度は十分あると思うので、Appleのサーバの問題だろう。もっとネットワークが貧弱な環境ではもっとがまんできないはずで、素直に提示されたプレイリストをBGM的に聞く人でないと、このサービスは成り立たないような気がする。アメリカではここ数年でストリーミングが普及したことになっているが、それは配信側の都合での普及であって、データ購入への揺り戻しは必ずあるように感じた。

ということで、3か月間の無料期間内は継続しておくが、延長はしないことになりそう。

2015.11.04

Surface2からiPad Air2へ

Surface2ipadair2lumia636

タブレットしてSurface2を使っていた。使えるアプリは限られるし、Windows10には移行できないことがわかっていたが、Windows8.1のUIが気に入って使い続けるつもりだった。タブレットとしてのWindows10は明らかにWindows8.1より退化している。だから、むしろ8.1のままのほうが都合がよいとまで考えていた。

ところが、10月中旬に一連のWindows Updateが入った後から、タッチ操作ができなくなってしまった。出荷状態へのリセットもやってみたがが効果なし。その後のいくつかのUpdateでも変化がない。web記事を検索してみると、保証期間内なので交換してもらったとか、2万円ほどで修理になったという記事がちらほら。オークションではタッチ不可品が通常品の半額程度で落札されている。デスクトップ環境でOfficeが使える小型PCとしては使えるのだが、そんな使い方をするならWindowsRT8.1では使いにくいし、自分の使い方には全く合わない。

"Update直前の再起動操作はタッチでできたのに、再起動後はタッチが死んでいた"という状況は明らかにUpdateが原因だろう。もう2年弱なので保証期間は切れているが、Microsoftと戦ってみるかと考えていたが、Windows情報の追っかけやInsider Previewも含めて、"日々戦闘態勢"な状態には疲れてきているのも事実。Surface2と併用するSONY Readerは相変わらずフリーズを繰り返しているし、LumiaのWindows10mobileも期待したほどのことはなさそう。iPod classicのUIも悪くはないがタッチには負けるという状況。この際、すべてを解決するデバイスとしてiPadを買ってみることにした。また、音楽に強いAppleが提供するApple Musicはどうなのかという関心事も後押ししている。

Lumia636も含めた代替環境ということでCellular版は確定。Air2にするかmini4にするかにずいぶん悩んだ。Airの文字の読みやすさか、miniの軽さか?Airは重いがその対策はスタンド型ケースなどのいくつかの手段がある。しかしminiの文字サイズは老眼にはかなり厳しく、これが問題になった場合には代替手段がなくなってしまう。と考えると、Air2を選ぶことになった。容量は楽曲データだけで20GB以上あるので64GB。

色のバリエーションはCellularのアンテナ部の白さが目立たないシルバーとし、取扱いの楽な純正Smart Caseのオリーブブラウンを付けることにした。合計で税込み9万円を超える買い物。iOSのアイコンが並ぶホーム画面や、小ぎれいすぎるUIなどが好きになれずに、何年も避けてきた経緯があるだけに、受け入れられると良いがと少し心配している。

2015.10.24

Windows熱中の終わり

2013年10月からWindowsに熱中する2年間を続けてきた。
Windows8.1プレビュー、Surface2、Office2013、Lumia636、Insider Preview デスクトップ、Insider Preview Mobile、Windows10。さらには、Visual Stuido 2013 ExpressやCommunityを使った開発作業の体験(web記事をなぞる程度)もやってみた。Windowsプラットフォームの今を体験するとともに、その変化する姿も体験できた。

2000年頃から続くPC-Unix(FreeBSD、Linux、OSX)についての10年以上の経験には及ばないものの、Windowsの今とその内部の仕組みの一面が理解でき、食わず嫌いだったこのプラットフォームの良さも少しは理解できるようになった。PowerShellを使えばオブジェクト指向のスクリプトが書けることや、設定がGUIであることに起因する作業記録の取り辛さも、クリッピングツールと自由なフォーマットで記録できるOneNoteを組合せることによって、以前よりもずっと楽になっていることも分かった。また、素人にやさしいプラットフォームの安楽さに以前は不足していた安定感が加わっている点も魅力になっている。

さらには、Microsoftの本業となりつつあるクラウドサービスの改善も著しく、OneDriveとOutlook、OneNoteが快適かつ持続性に不安のない作業環境になっている。

でも、Nadella CEO自身が昨年述べたように、モバイルプラットフォームを含めたWindowsのシェアは14%まで低下し、現在も低下が続いている。かつてのMacOSのように特定分野(Windowsにとってはビジネス)向けのニッチな選択肢として存続するのだろうけど、本流に戻ることはなさそう。昨年までは、IEの時のように粘り強くモバイルWindowsを立ち上げるかもと思っていたが、Lumia事業の大幅な縮小やiOS/Android優先の開発方針を見る限り、プラットフォームの覇権は争わない方針は確定しているようだ。

Unixをまねて生まれたMS-DOSをベースに、MacOS(あるいはXeroxのAlto)をまねることで一世を風靡したが、結局はUnixには勝てなかったという結果になった。デスクトップWindowsが繁栄し過ぎたことが硬直を招いたことが主要因だけれど、オープンソースの眼の数の多さ、それも良質な眼力に破れたという見方もできるかもしれない。

このままWindowsを追いかけるかと自問してみると、"もうお腹いっぱい"だと思う。安楽の地であることは間違いないが、これ以上、知識を吸収する気力が出ない。ちょっとしたスクリプトを書きたい時に、書きながら考えるという訳にはいかず、"まずはGoogle検索したり解説書を開いて..."、となってしまう点を解消するために努力しようと思えなくなっている。それだけ記憶力も頭の柔軟性もなくなってきたということ。現在の勢力分布からすると、先にUnixに力を注いだことは幸いだったと思う。プラットフォームの良し悪しよりは、好き嫌いの問題なのかもしれないとも思う。

<追記>もたもた書いているうちに、AndroidとChromeOSの統合の話が出てきた。これでデスクトップでのUnix優位が確定したと思う。

毎日、朝一番に海外記事を追いかける生活は、楽しかったが、正直言って疲れた。もう少し頭を休ませる方向で次のテーマを始める予定。とはいえ、即時に環境を移行できる資金も頭のリソースもないのでしばらくはWindowsを使い続けることになる。

2015.10.19

人間の土地(サン・テグジュペリ、堀口大学訳、新潮文庫)

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2015.10.17読了。

勃興期の郵便飛行操縦士として体験した、空の素晴らしさと怖さ、砂漠の魅力と遭難の危機などを通して、人の生き方への様々な示唆を与えてくれる。堀口大學さんの訳が名訳すぎるためか、ちょっと難解な部分も多いが、詩とエッセイの中間のような文章にはどんどん引き込まれる。

表紙は宮崎駿さんのイラストで、巻末には短文と地図が添えられていて、お得感もある。宮崎さんの文章(1998年)は、その後の作品である"風立ちぬ"へのつながりが感じられて、録画を観た少し後というタイミングも幸運だった。

2015.10.05

京都(黒川創、新潮社)

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2015.10.04読了。

在日、非差別地区そしてヤクザという、関西での生活では無意識レベルに意識しているが話題にすることが避けられるテーマを、ストレートに扱った小説。発売直後は物議をかもしたためか、しばらく紀伊國屋Webストアでは在庫切れになっていた。

おそらくは著者の自伝的な内容で、当事者ではないが、そういう人たちとのかかわりの中で生きてきた人生をつづっているのだと思う。

4つの短編からなっているのだけれど、どの話も自分にもこういう体験があったような気がする。でも細かい昭和の描写に関するものを除けば、ドロドロした人間関係など、そんな経験はしているはずがないのだが、そういう既視感から、身近な出来事だったと感じさせられる不思議な小説だった。それは思春期から青年に至るザワついた時期を関西で過ごした人たちに共通する"友達の友達"的な体験なのかもしれない。

2015.09.28

信長の棺 上・下(加藤廣、文芸春秋、ReaderStore)

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2015.09.26読了。

本能寺の変の後、信長の遺体が見つからなかったという謎を、信長公記の作者である太田牛一の立場からの謎解きという視点で書かれた歴史小説。

読みやすい文体かつ飽きさせない展開で、一気に上下巻を読み終えた。謎解き自体も"そういうこともあったかも?"と思わせる内容で、楽しく読めた。
ただし、明らかな男性視点の性的表現の部分には違和感。物語へつなげる工夫はしているものの女性が読んだら不愉快で余計な表現と感じそう。発表された2005年時点では、この程度の表現は、まだ許容範囲だったのかもしれない。

2015.09.09

なんとなくクリスタル(田中康夫、河出文庫、Reader Store)

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2015.09.05読了

巻末に本文とは直接の関連なしに出生率低下予測のデータが書かれていたという点で話題になっていたので、30余年を過ぎてようやく読んでみた。確かに少子化までは示しているが高齢化には踏み込んでおらず、子供一人あたりの消費額が増えるというメッセージだったのだろうか?

この本は自分の大学進学の少し前にベストセラーあるいはそれ以上の社会現象になっていたが、ブランド品には全く縁がなく東京へのあこがれも全くなかったので完全に無視していた。今読んでみると、その後のバブル経済での過剰消費に向けたガイダンスとなっているのは明らかで、物を売りたい人たちが大歓迎で持上げたのだろう。

本編にはあまり内容はない一方で、ファッションブランドと洋楽が中心の詳細な注記のほうが話題となったが、結局のところは受験勉強の応用編。それでもブランドの氾濫を経験していない当時の人達には大いなる発見だったのだろう。でも当時、読んでいたら生活が変わったかと考えてみると、完全に否定できる。別の人種の別世界の話であったことは間違いない。

また、バブル崩壊以後に顕在化した"自由に消費できない人(貧困層)"の存在は完全に枠外になっていて、国民総中流と言われていた時代性からくる限界も感じる。その点でも出生率が重たい提言だったとは考えにくいと感じる。

面白いのは主人公が東京へ来るまでの間に住んでいた神戸が、おしゃれな街とされている点。今でも人気観光地だが、当時は別格だったように記憶している。ポートアイランド開発やポートピア博へ向けた準備など全国に紹介される機会が多く、メディアへの露出頻度が投資を呼び込んでバブル経済が先行していたのかもしれない。この後に続く大阪での花博など、バブル期までは関西も大いに栄えていたと思うのだが、バブル崩壊と阪神大震災が重なった90年代半ばの時期が、関西の凋落の始まりだったことを思い出した。

«いつか陽のあたる場所で(乃南アサ、新潮社文庫、Reader Store)