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2005年1月

2005.01.07

古いCDを買い集める

最近、古い曲、若かりし日に聞いていたアイドルやらフォークやら
ニューミュージックやら、今ならJ-POPとまとめられてしまうような
音楽のCDを買い集めています。それを弟から安く譲ってもらった
旧型iPodに入れて通勤途中に聞いています

理由は音楽のネット配信が本格化しそうなためです。CDを持っていれば
HDが壊れようが、Windowsがおかしくなって再インストールになろうが
復旧は確実です。でも、ネット配信のデータは著作権保護機能によって
コピー制限がついていること、バックアップを取るのが大変なこと
(これはDVD-RAMで解決できますが)、何より配信データフォーマットが
統一されるかどうかが怪しいということが問題です。

海外はiTunes Music Storeがほぼ抑えた形になっていますが、
日本では、Sony、東芝を始め、プレイヤーとコンテンツの両方を
売っている会社がたくさんあり、これらの会社が意地を張り通したら
混乱することは目に見えています。Sony Musicの曲は、Sonyの
プレイヤーでしか聞くことができないし、東芝EMIの曲は東芝の
プレイヤーでしか聞くことができないというような状態になることを
心配しています。iTunesも日本ではこういう事情から、うまくいかないのでは
ないかと想像しています。プレイヤーを売りたい会社が、世界シェアNo.1の
iPodに曲を提供するとは思えません。また、日本の会社は著作権保護に
過敏なところも心配です。

日本の会社がそんなにはばかでないことを期待したいです。でも、
日本でのデファクトスタンダードが決まるまでは、おそらく2、3年は
混乱するのではないでしょうか?杞憂に終わると良いのですが...
本当はデファクトスタンダードはもう決まってしまったのかもしれません。
それで何とか食っている会社では、オープンにはなりそうもないのが問題です。
変なことになってしまってるなあ。

2005.01.05

標準と教育のシステム

2、3年前、上司から職場の管理職全員に「今、何をなすべきか」というような
宿題が出ました。

僕の答えは、「この次の景気回復時には、少子化により労働者が減少して
より環境のきつい機械工業は3K職場と見なされるようになり、
誰も鉄工所を志さなくなる。社外工や外国人労働者の時代が来る。
その時に備えて業務のマニュアル化を進めるべき。」というものでしたが、
無反応に終わりました。何のための宿題だったのかも良くわかりません。
自分の提案のねた探しだったのかもしれません。

今、現実に関東の工場では外国人が働き、北陸でも派遣労働者、期間工の
存在なしには、工場が全く動かない所まで来ています。リストラの結果とは言え、
正社員ではない人を戦力として扱わねばならないということで、
状況は私の予測したものと同じです。

また、日本経済新聞社の近刊、「働くということ」の本には、若年層の長期に渡る
失業や、能力開発につながらないアルバイト労働者の増加で、今後は、
労働者の質の確保が難しくなるであろう予測が書かれています。つまり、正社員の
能力も期待できなくなる可能性がでてきているということです。
もう、僕の心配した「その時」が訪れようとしているのです。

バブル期の状況から推して、設計部門も例外ではなく、機械工業を志願する若者は
減少し、設計部門とは名ばかりの頭数だけの集団になることは目に見えています。
現実に世代によってはそうなっている部分もあります。そのうちに設計部門にも
アジアからの外国人が、「技術」を学ぶために入ってくる時代が来るかもしれません。

あうんの呼吸、以心伝心で技術を伝える時代は終わりかけてます。
技術は最低限、文書化が必要。それに加えて、名ばかりのOJTではない、
真に実践的な教育のシステムが必要になります。
その構築を、仕事の後半戦のテーマにすることが、現時点での僕の目標です。

「まずは5%の理解者、続いて20%の実行者を育てれば、後は自然に拡がる。」
自分1人でのシステム構築では万人に受け入れられるものにはならないだろうから、
組織的に進めたいと考えています。誰から動かせばよいか、それが問題です。

2005.01.03

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

実家と行き来したり、犬の散歩に行ったり、ごろごろしているうちに、
もう3日になってしまいました。会社の休みもあと1日です。
今日、書かないとまた途切れそうで、書きたいテーマもなく書き始めています。

例年、正月から今年の目標を考え始めて、3月ごろまでにまとめ、
4月からスタート、年末から正月休みにかけて振り返りながら
次の年につなぐというパターンでやってきたのですが、
今年は振り返るも、今年の目標にも手がついていません。
システム手帳の1日1枚(通称:デイリー)リフィルでの活動記録兼、
その日の計画表も、年末の休みに入ってから全く手付かずの状態です。

1日1枚リフィルは、Todoの管理が悪くて失敗した経験の反省と
優先順位管理による時間節約を目標にして始めたのですが、
今思うと、これのせいで自分で自分を縛りすぎたことも、おかしくなって
しまった一因ではないかという感じもしています。
Todoをきちんと管理して、1日にやるべきことを挙げても、使える時間と
仕事量のバランスが極端に悪い状況では、毎日、多量の積み残しが出ます。
「あれもできていない、これもできていない」と、自分で自分の遅れを
指摘しているような状態になってしまっている上、更に上司からも
遅れややるべきことの抜けを責められるのでは、同じことで2重に
苦しむことになってしまいます。

やめてみようかなとも何度か思ったのですが、なかなかやめられません。
惰性もあるとは思います。しかし、それだけではなく、2つの点で
引っかかっているためです。1つ目は、これなしではまた失敗するような
気がしてしまうという点。2つ目は、詳しい日誌としての機能があって
「自分は何を成してきたのか」の記録を残したいという思いがあるためです。

1つ目については、これがあっても管理に失敗してしまったのだから、心配することが
無意味なような気もするし、具体的に心配するというより不安感といった方が
正確かもしれません。この点ではやめてもよさそうな気がしています。
2つ目の記録については、自分の中でうまく整理できていません。自分の記録を
残してどうしようというのか?懐かしく思い出すため以外に使い道が
見つからないものを、時間を使ってストレスをためてまで使うべきなのか?

壁に突き当たったときの、原点校正には使えないことは今回判りました。
読み返す気には全くなりませんでしたから。大方、正常な状態で役に立つものは
異常時には何の役にも立たないというのは、学生時代の失恋の時に
音楽が何の支えにもならなかったことで、強烈に実感しています。
それまで好きだった音楽でも、聴く気になったのは復活期に入ってからでしたから。
と、こんな風にいろいろ書く気になっているのも、復活期に入っているから
なのでしょうね、きっと。

何の考えもなく書き始めたので、何が言いたいのか自分で読み返しても
良く判らない文章になってしまい申し訳ありません。
とにかく、現時点では「変えてみる」ことが、打開への道筋なのだろうから
1回やめてみようと、今決めました。結果は3か月後ぐらいに出るかな?
乞う、ご期待!(って、誰に書いているんだろう?)

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