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2005.09.24

セカチュー

この前書いたとおり、「世界の中心で、愛をさけぶ」を読みました。
「前にもこんな話があったような?」という感じ、
また、「もうひとひねりが足りない」という感じで、
なんでベストセラーかが判らないというのが客観的な感想なのでしょう。
ベストセラーになったのは、売るため、また「本離れ」を止めるための
プロジェクトチームが全力を尽くした結果なのかもしれません。
特に、タイトルの力は大きかったように感じます。
また、「分かり易いことが良いこと」の、今の時代に合っていたことも
効いているのかもしれません。

死後の世界はなく、亡くなった人はそれでおしまい。
でも、残された人の思いのなかにだけ命のようなものがつながり、
残された人が亡くなるとき、全てが終わる。
というのが、僕の死に対する感覚です。
お墓が「三代で無縁になる」というのは、その結果なのだと考えています。
この小説での、「愛する人の死を受け入れる」というテーマとは別の話ですが、
似たような感覚の人もいることが判って不思議な感じです。
幼い時に「死」をうまく受け入れられなかったままの僕は、
主人公と似ているのかもしれません。

話は変わって、この本を読んでいて一番、心を動かされたのは、病室の場面でした。
末期がんの友人を、最初で最後に見舞った時の病室の痛々しさと重なり、
また、その直後の葬儀の空虚感も含めて、この場面が重く深く突き刺さって、
しばらく読み進めなくなったほどでした。
泣くことは心のリセットと言われましたが、こういうリセットは
勘弁してほしいというのが正直な所です。

賛否両論いろいろのようですが、僕は「賛」に一票です。

と、書いたのですが不完全燃焼な感じもあるので
後で追記するかもしれせん。

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