« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009.02.28

桜つり具閉店

今シーズンもがんばるぞと思って出かけてみたら、1月31日をもって閉店の張り紙。解禁前日で閉店というのはどういう意味なのだろう。

思えば4年前、休職からのリハビリの一環として訪ねてから、店主のMさんには沢山のことを教えてもらった。Mさんの店がなくては始めることさえできなかっただろう。そう言う点でMさんには非常に感謝している。

閉店になったのには、いろいろ事情もあるのだろうから簡単には言えないのだが、それでも再開できるなら再開してほしいものだと思う。でも、福井のような田舎でフライという特殊な分野に絞った店を続けるのは大変なのだろうなとも思う。

この先、Mさんがどうなるのかはよく分からないが、今年予定していた福井の渓流本場のある川へのデビュー戦には有料ガイドとして助けていただけたらなあと思っている。

それともう1点。フライという趣味に関しては、自分でがんばらずに人に教わって行こうと決めていたのだが、それもできなくなった。これからは、他の趣味、例えばPCや自転車のように自力で自分のフライ生活を切り開いていくことになる。そう言う意味で、転機だなと思う。

2009.02.27

GoogleCalendarで日記

GoogleCalendarの説明欄を使えば日記が書けるなと気がついて書いてみた。
ところが、< >で囲まれた文字はHTMLのタグと誤解するようで消えてしまう。その記号を使わなければ良いのだが、日記をネットに置くのもなあと思い直してやめた。また、検索はできるがパラパラと読む訳にもいかないのもネック。やはり地道にテキストファイルで行くことにした。

2009.02.26

傘戻る

昨日落とした傘が戻ってきた。
落ちた直後はホームの縁の真下にあったのだが、今朝、拾いに行くとホームからは見つからない。誰かが拾ったのかなと思ったが駅舎には見あたらない。

一旦駅を出てホームの外から回ってみたら、ホーム下の中央まで飛ばされていた。列車の巻き起こす風に飛ばされたのだろう。少し傷んできはいるもののまだまだ使えるので、戻ってきて一安心。

20090226086


2009.02.25

ビニール傘

傘を落としたせいで久しぶりにビニール傘を使うことになった。
小振りなので体が濡れるのは困るが、透明で視界が良くて明るいのは気持ち良い。自転車傘差し運転の人はみんなビニール傘を使っている理由が分かる。

機能は良いのだから、もう少し大きくて耐久性のあるもの、ついでに持ち手や骨を暗い色遣いにして高級感を出したものを商品化してほしいと思う。

透明では樹脂中に補強剤が入れられないとか、大きくしたり厚手にすると重くなるとかいろいろあるのかもしれない。透明なおかげで安全かつ明るいという機能は、もっとお金を出しても良い付加価値だと思うのは僕だけではないと思う。

傘を落とした

朝の電車に乗るときに、閉じた傘が電車のドアに引っかかって手を離れてしまい、電車とホームのすきまから落ちてしまった。

無人駅なので対応には時間がかかりそうなことと、落ちた場所が電車の運行には影響しなさそうな位置だったので、とりあえずそのまま電車に乗った。福井駅で代わりのビニール傘を購入。

帰りにホームの外側から潜り込んで取り出せないかと思ったが、今日は知合いの車で帰ったので取れず。明日の朝、調べてみることになった。

2009.02.24

誕生日

今日は46歳の誕生日だ。この1年は長かったように感じる。病気が快方に向いて大きく変化したため、変化の激しかった子供の頃のように1年が長く感じたのかなと思う。やっと長い長いトンネルの出口が見えてきた。あともう少し。


20090224085
昼休みの散歩、公園の坂の上から

2009.02.23

4,000アクセス

今日で4,000アクセス。地道に増えている。でも家内のmixiは40,000アクセス突破。いつも一桁違う。

ウイルス終息宣言出るも

職場ネットワークのウイルス問題はやっと下火になってきた。
画面右下の対策ソフトのアイコンからダイアログがポップアップして終息宣言を伝えている。でもまだ、ログにはウイルス検出が続いている。これまでと違っているのは、全ての検出物をを隔離、駆除していることで、これでやっと終息に向かっているのだろう。ただ、再び亜種を呼び込んで再発するおそれは残っているようで、昼休みの一斉スキャンとその後の再起動は続くらしい。

2009.02.22

ブログの今週のアクセス急増

急増といっても絶対量は微々たるものだ、でも大した記事を書いていないので、何が起きたのかと思ったらどこかのクリーチャーが記事を吸い上げに来ただけのようだ。marunouchiとなっているのは、どの検索サイトのロボットなのだろうか?

折りたたみ号の仕様

自転車の重量を量ってみたら約16kg。折りたたみ機構、泥よけリアサスペンション付きとしては上出来の軽さ。これなら結構いけそうだ。20"なので当然と言えば当然だが。

自転車に速度/距離計を付ける

先日の鯖江行きに気をよくして、また自転車にはまりだした。
以前のようにタイムトライアルとか最高速とかまでは考えないのだが、自分の状況を把握したいので速度/距離計を付けた。

試運転の前に雨が降ってしまったので今日は試せなかったが、次からは累積距離が積み重なるのが楽しくなる予定。

また、今の自転車は折りたたみなので本格的に輪行をしてやろうとも思っているのでそれも楽しみ。えちぜん鉄道のサイクルトレインにも挑戦してみたいと思う。

今度はひざに無理なく楽しみの範囲でがんばろう。

田原総一朗さんも75歳

散髪屋で久しぶりにサンデープロジェクトを見た。
田原総一朗の質問はだんだん下手になってきていると感じた。もうすぐ75歳ではしょうがないかもしれない。

CMからするとこの番組を経営者達が見ているようだが、この番組を見て経営判断をするのはどうかとさえ思う。それとも"みんなの後に付いて行く"経営ならばそれで良いのかもしれないが。

2009.02.21

世界遺産 アルメニア・エチミアジン

アルメニアは旧ソ連のトルコ国境の国だ。

ノアの方舟が流れ着いたアララト山の麓にある、キリスト教施設が世界遺産になっている。最初にキリスト教を国境にした国という歴史もさることながら、ロシア、オスマントルコの弾圧の歴史を生き抜いてきた民族の誇りとして、その統合の中心が選ばれたと言うことだろう。

世界遺産にこういう負の歴史は必須ではないのだが、後世に残すと言う意味では、歴史背景は非常に重要だと思う。そう言う意味で日本の世界遺産はどれも中途半端で、負の歴史を持つのは原爆ドームと琉球王国に関するものだけだ。

ただの観光地を超える何かを持っていることが世界遺産の必要条件だとすると、日本の遺産はあまりにも寂しい。それだけ平和な国だったという意味だとすれば、幸せ過ぎてネタがないというのは仕方のないことで、ユネスコからのお目こぼしを受けているのかもしれない。

かぐや姫のベスト盤

図書館の帰りにBookOffを覗いてみたら、かぐや姫のベスト盤を見つけた。

かぐや姫は中学生の頃から大学生までずっと聞いて、そしてギターを弾き語りしていた自分にとっての原点とも言えるバンドだ。その後会社の寮に入ってギターから遠ざかり、仕事や育児に追われるようになってからはあまり聞かなくなって、さらに持っていたテープを処分してからは聞く機会もなく、十年以上が過ぎていた。

久しぶりに聞いて、とにかく懐かしい。中学生の頃に徹底的に聞いたので歌詞はほとんど暗記しているほどだ。四畳半フォークと言われるとおり、社会的なメッセージでもなく愛の歌としても中途半端。客観的には大したことはないと思う。だから3人とも、今は過去の人として活動している。

でも、それでいい。日常を歌う姿にこそ共感できたし、特異な才能を見せつけられない安心感が魅力なのだと思う。

2009.02.20

心の病は脳の傷 田辺功+松澤大樹

精神病をCT撮影して診断しようという本。
学会には認められていないようだが、言ってることはもっともな話だ。精神病治療を文学の世界と評しているのは自分の経験からしてもその通りだと思う。前提として本人は病気なのだからうまく話せないのに、長くて15分の会話の中で短くても2週間の状況を判断するのは無理がある。

とは言え僕の仕事の分野である工学に比べると、精神科以外の医学も科学とは言えないような感じもする。ニュートン力学やクーロン摩擦、計算で予測がつく世界に住んでいると生身の人間相手に科学を語るのは無理があると思うのだ。えせ科学のネタが医学に多いのもそういう理由だろう。

ということでこの本も科学を目指しているのだが道は遠い。でも、"千里の道も一歩から"、方向は正しいと思うので誰かが後を継いで研究を続けて欲しいものだと思う。

2009.02.19

ウイルス駆除

職場ネットワークのウイルス問題はまだ続いている。
昨日、ウイルス対策ソフトで駆除できなかったウイルスを、IT部門に依頼して削除してもらった。道具はUSBでつなぐ何かとCD/DVD-ROM。20分程度かかって駆除完了。

終わった後にスキャンしてみたが確かにウイルスはなくなっていた。僕のPCのウイルスは退治できたものの、ネットワーク上にはまだたくさんさまよっているようで、対策ソフトのログにはリアルタイム検索での検知が続いている。

この調子では完治まで1週間程度かかりそう。まるでインフルエンザのようだ。

2009.02.18

村上春樹氏にエルサレム賞

村上春樹氏が受賞して、記念講演で語った内容が話題になっている。
あの人なら言うだろうと言う内容で、賞を贈る側も想定の範囲内だっただろうと思う。

ガザ侵攻後の今の時点で授与する賞は、ヨーロッパの作家からは間違いなく拒否される。村上氏が選ばれたのは、極東のアジア人なら拒否されてもそんなものだし、もし何か政治的な言動をしてもアジア人なら我慢できるという考えがあったのではないだろうか?

欧米人に言われたら我慢ならないことであっても、彼らにとって1段下の扱いのアジア人なら言わせておけばよいという気持ちがあったと思う。

そして村上氏は語ったのだが、欧米のメディアはまともに扱ってくれたのかが気になるところだ。

同期入社から工場長や子会社社長

今回の人事で歴史があるがやや小さめの工場とそれより少し小さめの子会社のトップに同期入社から抜擢された。

最近は会っていないが、どちらもよく知っていてそういうポストにも向いていそうな感じの2人だ。がんばれる人、がんばりたい人はがんばればよい。

僕の地位の危うさとは対極的だが、得るものと失うもののバランスを考えると今の僕が必要十分だなと納得する。家族のための時間が全てに優先する。そして次に僕のための時間。偉くなると全てを失う。いつでも携帯で呼び出される不安定な状況。それに対してはあまりに報酬が安すぎると思う。また、仕事の内容が報酬という考え方もあるが、達成感と家族の時間を取引できるのは働く本人だけで、家族に犠牲を強いることの解決はお金では無理だと思う。

それ以前に会社の管理職の仕事はダメダメだった小学時代の生き残り策に近いものを感じて、僕には無理だということも分かっている。

一方でそんな風に頭では分かっていても、内心、がんばりたかったなという寂しさもどこかにあることは、素直に認めなければならないかなと思う。

間接部門もリストラ開始か?

昨日、4月1日からの取締役、執行役員や部長クラス以上の人事が発表になった。
例年この時期なのだが、今回は人事系の人の動きが多い。同じ総務部門でも畑違いの部門への異動が多いのはリストラをする側の要員としての異動だろう。

僕が入社2年目にリストラで異動させられた時も、他部門から来た人事課長(当時は勤労課長だった)が指揮を執っていたのを思い出す。

一方、リストラとなったら最も危ない地位にいる僕に上司が仕事を与えだした。最近になって調子も良くなってきたこともあるが、B型の人ながら気遣ってくれているのか、それとも単純に先日チームから一人引っこ抜かれた穴埋めなのためか。

いずれにせよ、上手に立ち回って子供達の大学の学費が必要な間だけは、何とかつなぎたいと考えている。

期間工の人たち

帰りの電車を待っている時に工場の期間工の人たちが話していた。
今日、面接があって会社から"契約は継続しません"と言われたと話をしていた。

本来の年休が5日と特別年休24日が付与されたので、明日までの勤務で終わりだとのこと。3月更新の人たちから残るのは3人だけで、組立は全滅、板金と物流とで3人だけ残留という話で、"これからしばらくブラブラだ"と投げやりに話していた。

厳しい現実が間近に迫っている。

今朝の地震と電車

今朝、地震があった。福井は震度3。
でも全く気付かなかった。駅まで歩いていた時刻で、地面の揺れよりも自分の揺れの方が大きかったのだろう。電車が2分程度遅れたのは一瞬減速したのかもしれない。

駅にいた人たちも誰も騒がなかったので帰りの電車が地震の影響でダイヤが乱れているとのアナウンスを聞くまで知らずに過ごしていた。

でも、朝、福井で乗換えた特急は定時運行だったにも関わらず、夕方までダイヤが乱れるとは不思議な話だ。福井の現場の判断で大丈夫だろうと運行したのだろうか?

痴漢にされたかも

通勤の電車から駅で降りると、ホームの高校生の群れに行く手を阻まれる。
自分が先頭なら降りる勢いに乗って道を開かせるのだが、今日は前に女子高生がひとりいて人の壁で立ち止まってしまった。

うっとうしいので、壁になっている女子高生の背中を手で押しのけて階段に降りたが、後で考えると誤解あるいは虚偽申告されるリスクがあった。背中を手の甲なのだから問題はないはずなのだが、それを証明する方法はない。

人混みのなかの孤独に初めて不安を感じた。

ウイルス被害続く

職場のネットワークのウイルス被害は今日も一日続いた。
参るのはウイルスバスタでも駆除できないものがあること。職場のIT部門が個別対応するらしいが、万能ではないのだと実感する。

こうなると個人レベルではどうしようもなくてOSの再インストールになる。何のための対策ソフトなのか?と怒りたくなる場面だろう。

ところで今回の原因はワーム。ネットワーク上に潜んでいたものが、OS起動から対策ソフト起動までの時間を突いて感染してくるのだろうか?

2009.02.17

Macの再評価(Macbook購入後)

Macbookを買ってみた後と買う前の評価と比較してみた。
ちょっと長いがメモのまま載せる。
結論としては非常に満足。道具としても完成度が高くなったと思う。

・UIがマウス前提だが、メニューバーが上端でマウスの移動量が多い
 ->(購入前)大画面ではメニューが左端に寄るので移動量は多めかも?
 ->(購入後)13"画面では全く問題なし。ただしアプリケーションの
      ウインドウを閉じてもメニューだけ
      残る仕様なので、それに気付かずに戸惑うことがある。

・ウインドウの最大化の挙動がよく分らない
 ->(購入前)??調べる必要あり
 ->(購入後)各アプリケーションが必要と判断した最大の大きさに
      変更されるのだが、どういう基準かがよくわからない。
      でも画面最大化しない文化のようなので
      慣れれば問題ない。

・キーアサインが特殊で、キーボードショートカットの設定に無理がある
 ->(購入前)PC-Unixも同じような問題あり(程度の差)
 ->(購入後)使っているショートカットは以下のみ。commandと
      controlの間違い多い。
      Safariのウインドウ切換えのショートカットがあるとうれしい。
      command+X,C,V(編集)、command+Tab(アプリケーション切換え)
      command+W(ウインドウを閉じる)
      command+N(新しいウインドウ)
      command+Q(アプリケーション終了)

・細かい設定が出来ない(かゆい所に手が届かない)
 ->(購入前)これはあきらめるしかない、PC-Unixならあきらめるだろう
  下手に設定できそうだから調整したくなる
 ->(購入後)現時点で不足は感じない。必要十分な感じ。

・アプリケーションに投資が必要(Officeなど)、また選択肢が少ない
 ->(購入前)PC-Unixはもっとひどい、買えるだけましか?
 ->(購入後)ATOKが使えるのは非常に良い。現時点で不満はない。

・何かをやりたい時に「Macで出来るか」から検討しなければならない
 ->(購入前)PC-Unixでも同じ
 ->(購入後)GPSロガーなど、変わったことをやるときの敷居は高め。
      意外だったのはWindowsとのプリンタ共有がうまくいかない。
      10.5から悪化した模様。プリンタかOSX10.6を買わせるための
      策略か?Guten-printで何か出てくれるのを待っている。
      また市販のプリンタサーバはMac対応を謳っていても
      実際はPostscriptプリンタしかつなげないと判明。
      直結以外のプリンタの対応は問題多い。CUPSを買収した
      影響と思われる。

・オーディオ関連のアダプタの選択肢が少ない
 ->(購入前)PC-Unixでも同じ
 ->(購入後)Macbookのオンボードの音質で十分だった

・NTFSに書き込めない(読める)
 ->(購入前)PC-Unixでも同じ
 ->(購入後)現在の外付けはFAT32なので問題なし。これから
      問題出るかも?

・文字コードが非互換
 ->(購入前)PC-Unixでも同じ
 ->(購入後)Front Raw でMP3ファイルのタグデータが文字化け。
      Safariで時々文字化け。

・新OS/機能の立ち上がりは不安定
 ->(購入前)betaテストは実施しているようだが不十分?
 ->(購入後)異常になったのは1回だけ。

・Unixだがシステムのソースファイルがない
 ->(購入前)アプリケーションのソースはある、見るチャンスも少ない
 ->(購入後)まだUnixとしては使っていない。OSの中に潜り込みたく
      なるようなきっかけがなかった。

・キーボードがイマイチ
 ->(購入前)PC用をUSB接続?Macbookも改善してきたので後は慣れ
 ->(購入後)我慢の限界ぎりぎり。デザインが良くなかったら
      我慢出来なかったと思う。レイアウトはJIS配置なので
      ほぼ問題なし。

・ノートは熱い、アルミ筐体
 ->(購入前)プラスチック筐体品は発熱大だが、アルミなら放熱性が
      良いはずなので期待大。しかし手元が熱くなる心配もある。
 ->(購入後)秋から冬しか使っていないので不明
      冷え切った部屋に帰ってきて使い始めると、左手の手のひら部分に
      露が付く。また、傷が付きやすそうで心配。特にUSBとヘッドホンの
      コネクタ周囲には気を遣う。

・13"は老眼にはつらい
 ->(購入後)フォントの線が太いので文字が読みやすく問題ない。
      また、純正アプリケーションでは"ピンチ"操作で文字サイズが
      大きくできるので不便はない。

・SPACESは便利
 ->(購入前)PC-UnixのWMで非常に便利だった経験あり。
 ->(購入後)未だに使っていないが不自由を感じない。ちょっと使ってみたが
      いらないと感じてやめた。PC-Unixとは違ってトラックパッドの
      4本指ジェスチャがあるので問題ないのかも?

・バックアップと修復(TimeMachine)が容易
 ->(購入前)自動バックアップは便利そう。
 ->(購入後)対応するNASを導入する予定。そろそろバックアップ必要かも?

・UIがきれい
 ->(購入前)慣れには若干不安あり。アンチエイリアスで不鮮明にも見える。
 ->(購入後)慣れると非常に良い。Windowsのフォントは線が細すぎて
      老眼にはつらいと気付いた。

・MobileMeとの連携(将来は安定?)
 ->(購入前)購入前にトライアルしてみたが応答が遅いこと、安定性が悪い
      ことから使えないと判断して解約した。
 ->(購入後)何もしていない。もうしばらく様子を見る。iPhoneを買うことに
      なったら再検討予定。

・BootCampでWindowsも動く、VMWareなどもあり
 ->(購入後)当面使う予定はないが、どうしても必要になったら検討。
 ->(購入後)当面使う予定はない。Mac環境で十分。VMWareを使うなら
      メモリ4GB必要かも。

・ATOK for Mac
 ->(購入後)さすがはATOK。ことえりとは比べものにならない。
      Windowsと同じ時点が使える。でもON/OFFキーアサインの
      変更ができない。変換中の文字色が黒一色など問題あり。

笑点が面白かったなと思ったら

先々週の笑点は面白くて、久しぶりに笑った。それには訳があったようだ。
後で知ったのだが、司会の歌丸師匠が肺炎で入院した直後で、みんなで支えねばという気合いが入っていたのではないかと思う。

職場のネットワークにウイルス感染

昨日の朝から職場のネットワークにウイルスが感染している。

自分のPCのログを読むと昨日は帰るまでウイルスの検知が続き、今日の午前中も検出が続いていた。今日の昼休みに全PCのウイルスバスタの一斉スキャンが入って、それからはやっと検知が止まったようだ。でも、昨日感染して今日休んだ人のPCから明日にはまた感染が再発するおそれもあるので油断は禁物。明日からも昼休みの一斉スキャンは続くようだ。

現時点では実害はないようだが、みんなが騒ぐ無駄時間とスキャン中のPCの重さで一人当たり1~2時間の損失だろうか?ウイルスバスタがあれば感染しないと思っていたが、完全ではないようだ。

2009.02.16

私立合格!

上の子の私立高校の合格発表があった。なんと上位2クラス選抜のスーパー特進コースに合格した。
今回はどんぐりの背比べで試験の順位で勝ったり負けたりの友達数人を抜いてひとり勝ちしたらしい。すごくうれしかったらしく、彼なりの表現が下の写真。
20090216082

この調子で県立高校もがんばってほしい。でもあと3週間あるので、調子に乗り過ぎてサボりそうで心配だ。

2009.02.15

自転車で鯖江

あまりに良い天気なので一念発起して鯖江の図書館まで出かけた。
ベルの裏から旧北陸道を走る。旧街道は車道なので、やっつけ仕事で適当に作られたデコボコだらけの幹線道の歩道とは違ってとても走りやすい。クルマも少なく自転車が堂々と車道を走れる道は気持ち良い。

街道沿いは大きな家の農家が続いていて庭を眺めるだけでも結構楽しい。早くも梅が咲いている家があった。このところ暖冬続きだが、今年は一段と暖かいようだ。

浅水川を渡る所で自販機でアクエリアスを買って休憩。ここで丁度家から30分。また走り始めると岸の草むらに隠れていた30羽ほどのカモが一斉に流れの中央に泳ぎ出す。鳶か何かから逃げていたのだろうか?

この辺りからは緩い登りが続く。クルマで通るとよく分からないが鯖江は丘の街だ。水落駅近くから急坂を下りて図書館に到着。45分ぐらいだった。

図書館で検索しておいたうつについての本と、たまたま見つけたフライフィッシングの本を借りて帰途に就く。帰りは下り基調なので結構楽ちん。また、帰りは予測が付くためか時間が早く感じる。でもさすがに1時間以上走っているので足がだるくなったが何とか走りきった。

天候にも恵まれたが、距離の達成感、途中の気持ちよさ、何よりこの道程を楽しめた自分の回復にうれしい気持ちで一杯になった。今回は途中にたくさんある神社や宿場跡を見て回る余裕はなかったが、次回はゆっくり回ってみたいと思う。

2009.02.14

Macで使えるGPSロガー(予告編)

弟がGPSロガーを使って、ツーリング日記を書いている。
僕もやってみたいのだが、弟の使っているのはWindows上の"轍"といアプリケーションでMac版はない。Web情報ではMacでも他のアプリケーションを使って何とかなるようだが、一手間多くなるようだ。

どうしようか思案していたら、Ascii.jpのiLife'09紹介記事の次回予告でSONYのGPSロガーを使えるような話が出ていた。ということで、Ascii.jpの次回の記事に期待だ。

2009.02.13

オバマ政権の閣僚辞退続く

共和党のとの対立姿勢への転換が大きな原因のようだが、裏にはもっと理由はあるのではないか?

オバマ大統領はケニア人と白人の子であって、かろうじて元奴隷の子ではない。あらゆる面で優秀であることに加えて、この生い立ちは白人からの拒否反応を抑える重要な資質だと思う。

でも、そうであっても白人の間では"拒否"から"寛容"までのグラデーションがあって、どうしても部下にはなりたくないという感情がブレーキになっているのではないだろうかと思う。

黄砂と大気汚染

花粉や黄砂の季節がやってきた。
アレルギーは花粉、ハウスダストなどいろいろな原因があるとされているが、黄砂もアレルゲンのひとつではないかと思う。それもかなり強力なものだ。

黄砂はゴビ砂漠から中国上空を経て北西に季節風に乗ってやってくる。その過程では1960年代の日本のような公害問題を抱えた中国の空を渡ってくる。その黄砂には汚染物質がたっぷり含まれているはずでその影響についてはまだよく分かっていない。というか外交上の配慮から調査を避けているようにも見えないでもない。

関東周辺のアレルゲンは杉かもしれない。でも北陸で2月からアレルギーが悪化する原因は杉であるはずがない。ヨーロッパでは東欧、ロシアから来る酸性雨が環境破壊をもたらし、それは未だに回復できていない。

日本でも一刻も早く黄砂についての研究を強力に進めて、黄砂被害を最小に抑える必要があると思う。もしかすると取り返しの付かない健康被害が既に起き始めているのではないだろうか?

職場のバレンタインディ

一日早いが明日は休日なので職場にバレンタインのチョコが配られていた。毎年大変だなと思う。

ほとんどの人が喜んでいないことを慣例だからと続けているのは、自治会活動にも似ている。こういう問題について真剣に考えてみたら、何か新しい展開がでてくるのかなとも思う。けど、考えても楽しくなさそうなので気力が出ないのは怠けてるのかな。

東京-福井直通観光列車の愚

今朝の福井新聞に出ていたが、いったい何時間かかると思っているのか?だれがそんなものに乗るというのか?

東京から人を呼ぶなどという幻想から早く足を洗って、住む人、おおむね県内の人が便利に楽しく過ごせる工夫を地道に進めて欲しいと切に思う。福井に観光資源はないと断言する。いいところではあるが、魅力は外から来る人には理解できない。何もないが静かで住みよい街、それがあるべき姿だということに、早く気付いてほしいものだと思う。

SOX法が経営者を追い詰める

何時から日本の会社の経営がドライになったのだろうと考えてみると、日本にSOX法が導入された時期とある程度一致するように感じる。

エンロン、ワールドコムの巨額粉飾決算事件の再発防止として導入されたSOX法は、経営者に宣誓書へのサインを求める。宣誓書は、内部統制をきちんと管理して粉飾決算はしませんと言う内容のはずで、経営の方針に対する直接的な要求はしていないと思う。

一方、利益の分配にはいろいろな考え方がある。ウォール街はとにかく株価を上げて配当を出せというだろう。でも、長期を見通した投資や労働分配率にも配慮が必要で、選択肢はいくらでもある。日本企業は高度成長が続いたこともあり、株価、配当は後回しで会社の成長と労働分配を優先してきた歴史がある。

でも、この宣誓書にサインすることで、経営者が経営原資を利益増大以外には使いにくくなる、つまり裁量がなくなるように感じさせる効果があるのではないかと思う。利益のため、いや配当と株価のためになんでもやりますという宣誓になっているのではないだろうか?

ついでに言えば、役員昇格時の義務的な多額の自社株購入や報酬のストックオプション制など経営者個人にとっても配当と株価が重要がモチベーションを高める仕組みになっている。

詰まるところ、エンロンの詐欺に怒ったウォール街が仕組んだとんでもない悪法なのかもしれない。こういう方面は疎いので不勉強でおかしいところもあるとは思うが、日本の資本主義が純化する大きな力になったのは間違いないと思う。

麻生さん、これまでだ

これまでなんだかんだ言っても、ちょっとずつ前に進んできたと思っていた。安倍さんや福田さんよりは前に進んでいる感じがあった。誰がやっても悪い時期なのだから何でもやってみれば良いのだ。

でも、政治家それも総理が、"あの時は自分の意見を言えなかった"というような言い訳はしてはいけないと思う。大体、民営化される郵政担当の総務大臣だったのだから。

たぶん、製造業派遣の見直しが動き出したことで、小泉改革の否定に回った方が得だと考えたのだろう。でも、完全に虎の尾を踏んでしまったようで、いよいよ危ない。

かと言って、この後どうなるか全く展望が見えない。こうなれば落ちるところまで落ちて、国民全体が反省しなければならないのだと思う。僕は何を反省するのか?ネタが見つからない。やっぱりあと100年ぐらいうだうだやって経験を積むしかないのかな?

春一番

今日は春一番だったらしい。ついでに花粉やら黄砂やらいろいろなものが舞っていて体の表面の全てがモワモワした感じがする。

J-Castニュースはなんで

J-Castニュースってネットのスポーツ紙?いや週刊誌?
言いたい放題で書く人は楽しいだろうなと思う。でも、読んでいるとだんだんイライラして来るのは何故だろう。自分が思っていても、人に言われるといやだって言うことかもしれない。

2009.02.12

週休2日制を維持できるか?

週休2日制は、アメリカでの戦後の企業福祉改善の一環として生まれたらしい。戦後復興で大いに儲けたアメリカ企業が作り出したものだ。

でも、歴史を見る限りキリスト教でもイスラム教でも週休1日が原則のようだし、江戸時代の日本の雇われ人にはまともな休みさえなかったらしい。

1日は休養でこれば最低限、もう1日は趣味や子供との活動などの時間という意味ではあっても、あくまでそれは余裕があることが前提である。労働者が新興国との競争の中、奴隷労働状態に陥り始めている今、それを維持するのが難しくなってきそうな予感がしている。

僕自身としては週休2日は必須で、これがなければ8時間勤務はとても無理な健康状態だ。でも職場の管理職達は昔から当たり前のように週休1日で働いている。生産部門も生産量が多かった時期には休日出勤も当たり前の状態だったことからしても、日本には真の週休2日は定着していないとも言える。制度が確立した教師でさえ部活だなんだと土曜日勤務が当たり前なのは一例に過ぎない。週休1日への逆戻りもさしたる抵抗もできずになくなし崩しになっていくのではないかとも感じている。

その時に何ができるかと考えると、生活を抱えて自分にできることはあまりにも少ない。やはり労働運動の復活にしか解決策はないのかもしれない。

夜道を歩く女性の携帯電話

この時期の帰り道は暗い線路際の人通りのない道を歩く。
時々、向こうから歩いてくる女性とすれ違うのだが、みんな、携帯電話を開いて握りしめている。"襲ってきたらすぐに携帯で連絡するぞ"という警告なのだろうが、そういう意図がない僕としてはちょっと不愉快だ。

でも、夜道を歩く女性の立場で考えるとそれも仕方ないかなと思う。今朝の新聞にも抱きついた男を通りがかりの男子高校生が取り押さえたとかの記事が出ているのだから、今そこにある危機と考えざるを得ないのだろう。

視聴率とかの観点から性犯罪の報道が増えたためなのか、女性が被害を訴えることができる環境ができたということなのか、あるいは本当に治安が悪くなってきているのか、警察にはもう少し分析と情報公開をしてもらいたいと思う。

最近の銭湯は

一昔前は原油高になると、銭湯の値上げ問題とか薪を使って経費節減とかのニュースに取上げられていたのだが、最近はもう話題にならなくなってしまったようだ。

一部のスーパー銭湯のを除けば、銭湯というシステムが生活弱者のものになり、社会福祉の一環になってしまったのかもしれない。

でも銭湯というのは独り者には合理的な仕組みだと思う。出かける手間はあるのだが、好きな時に大きな風呂にゆったり入れるのは快適だ。アパートのユニットバスで一人のためだけにお湯を張って終わったら後片付けをするというのは結構めんどくさい。

こういうシステムがコンパクトシティと結びついて、エコな生き方のひとつとして復活する日も、いつかやって来るのかもしれない。

人気ドラマでさえこんなものか?

昨日、"相棒"を見た。家内が見ているのでどんな物だろうと思ったのだが、見たらなんだか寂しくなった。
水谷豊の杉下刑事はコロンボのパクり。最初は相棒がいたらしいが、今はひとりになってますますコロンボ風のやり取り。コロンボも知らない人が増えただろうから、そこは勘弁しなければならないのかもしれない。東大卒で格好良くという設定もコロンボから離れる意図なのだろうが、キャリアの刑事なんてありえないし、水谷豊じゃねぇ。

今回は特にひどかったようだが、物語自体も話の流れが冗長で、さらに推理のオチがあまりに貧弱であきれてしまう。人気ドラマだからといって、いつまでもだらだら続けていけばネタは尽きる。

予算の問題ではなく、人材が不足しているという問題に感じる。優秀な人がこの業界に入らなくなっているということだろう。下積みの奴隷労働を受入れるためには、その仕事が好きなことが必須だと思う。優秀な若者はテレビを見なくなったということの反映なのだ。放送開始から50年という月日を経て、テレビというメディアがいよいよ終わろうとしていることを実感した。

人身事故多発

昨日の帰りに電車を待っていると、駅の業務放送で人身事故の第1報が流れてきた。
今年に入ってから人身事故が毎週のように発生している。認知症の人の事故なども含まれるかもしれないが、ほとんどは自殺だろうと思うと気が重くなる。

うつは病気だと確信しているが、自殺はうつの結果かと問われると自信がない。自分の経験からしか言えないのだが、自殺をするうつと自殺しないうつの2種類があるような気がしている。

2009.02.11

ちょっとイライラしてるかも

今夜は家内に対して余計なことをいろいろ言ってしまった。
グラタンが軽すぎるとか、祭日の子供たちの相手は大変だろうけど僕は仕事でゆっくりさせてもらってるとか、僕のための千羽鶴をへびの骨みたいとか。心にもないことがどんどん勝手に口から出てくる。

何だか分からないが、ちょっとイライラしているのかもしれない。年に1度の花粉か黄砂でおかしくなる日が今日なのかな?

Core i7は不運なCPU?

Core i7搭載PCについての記事が出始めた。
でも、普及するかどうかは微妙な所でははないかと感じている。NetBurst、ハイパースレッディングときたらもう小型ストーブにしか見えなくなる。メモリコントローラ内蔵も互換性を崩してマザーボードも買ってねという戦略が見え隠れして面白くない。

おまけにこの不景気。これで食っている人には申し訳ないが"不運なCPU"となる運命は決まったようなものだと思う。

2009.02.10

グローバル化と労働

グローバル化が進む時代には、ホワイトカラーを含めて先進国の労働環境がどんどん悪化していくことは避けられないのではないか?

グローバル化が進展して低い労働環境にある国との戦いが続けば、労働環境もそれに対抗できるレベルに合わせて低下させざるを得ない。経営者の搾取の問題もあるのだが、グローバル化は本質的に世界全体の貧富の差を縮めていく。富める国の労働環境を引下げて、貧しい国の環境は改善する作用がある。だから労働者は純粋な競争状態に置かれている。

問題は資本家、経営者がその枠外にいることだ。彼らにとっては投資に対する利益が上がっているかどうかが問題なのであって、労働環境に対する責任をあまり感じていない。それを当然のこととして放置したのが新自由主義で、それでは社会が破壊されてしまうということに人々はやっと気付くに至った。

資本と労働との利害関係をいかに調整する仕組みを作るかという点が、これからの労働問題の最大の課題になるのだと思う。政治の力を持ってしても、資本側--彼らはは原理主義者だ--の激しい抵抗を打ち崩すのは至難の業であるようにも思える。でもそれを求めているのが"Change"を掲げてオバマ政権を支える人たちであり、高支持率の力で何らかの前進が得られるのではないかと期待している。

フセインと戦国時代

やっとイラクの戦争が終わりそうになってきた。そこでふと感じたのが、フセインはイラクの織田信長なのかもしれないということだ。

国の発展段階は貴族社会から始まって、武装勢力の勃興と戦乱、その世界を救おうとする新たな宗教、その混乱を乗越えて安定した発展期としての近代が続くといった感じだろうか?

今、イスラム原理主義の時代を迎えている中東の国々は中世のまっただ中にいるのだと思う。日本で言えば一向一揆と織田、豊臣の時代に似ているのではないだろうか?在りし日のフセインは織田信長、外国勢力をうまく利用し新しい兵器を採用して国内を支配する。あるいはクェートを侵攻した湾岸戦争が、朝鮮を攻めた豊臣秀吉の時代に対応するのかもしれない。そしてアメリカから来た戦国自衛隊に討たれて倒れたというのはちょっと悪のりだろうか?

日本の歴史からすると、関ヶ原を経て安定した政治が始まるまでにはまだ数十年の月日が必要なのだろう。だが、彼らにはアメリカ石油資本との経済戦という次の段階が待っている。

辺境の地で平和を謳歌することができた日本とは大きく違っているのだ。江戸時代を停滞の時代と見なさずに肯定的に見直す本が沢山出てきているが、こういう点では確かに幸運だったのだと思う。ただ、政治の力を育てると言う点では最悪の300年だったのではないかとも思う。でもないものねだりをしても仕方がない。これから政治の力を育てていくしかない。

派遣が問題なのは製造業だけではない

製造業への派遣を再度禁止すべきという議論が高まっている。
どこまでで線を引くかが難しい所だが、規制は強化すべきだと思う。ただ気になるのは、派遣の問題は製造業だけの話ではないにも関わらず、製造業に限定した議論になっていることだ。

アメリカの20年後を追っている日本でも、遠くない将来にホワイトカラーの過酷労働が問題になるはずだ。この経済危機の状況下で"ホワイトカラーエクゼンプション"の議論が再燃するのは間違いない。正社員は残業代を払わずに無限にこき使い、派遣社員は雇用の安全弁。そんな時代が目前に迫っている。

現に私の勤務先では残業代が定額になる裁量労働制が普及し、残業の概念がない管理職への早めの登用というホワイトカラーエクゼンプションの前兆がじわじわと広がりつつある。

今まさに燃えさかる問題である製造業派遣についての議論も大切だが、その先にあるものについても考え始める必要がある。労働運動の指導者や野党の政治家達に、その観点はあるのだろうか?

農業の時代は来るか?

これから数十年の日本を考えると農業の改革が一番の優先度ではないかと考えている。

明治以後の日本は輸出産業を育成して外貨を稼いで資源を購入するというモデルで成長してきた。さらに最近では海外への投資(資本+技術の輸出)という形でそれを加速してきた。着目点は収入を増やすことに集中することにあって、今後も基本はそのやり方が正しいと思う。

でも、新興国が再び資源をむさぼり始める数年後までには、もう一方の着目点である支出を減らすという活動も必要だと思う。

とはいえ資源の少ない日本でそれが可能となるものは限られていて、具体的には農産物だろう。製造業で蓄積した知恵を展開し、人材も投入すれば資源高が続く限り採算が合うレベルはそう遠くないはず。製造業の最先端と言える職場に身を置くものから見る限り、ビジネスとしてもう少し効率を追っても問題にはならないのではないかと思う。難点は絶対的な土地の不足なのだが、戦後しばらくまではかなりの自給率を維持していたことを思えば、この先、人口が減っていけばなんとかなるのではないかと思う。

もう一つの支出削減策は、食品の品質への異常なこだわりをなくすことだ。流通の都合で決まる規格外品を助けたり、売らんがための短めの賞味期限を見直すだけでもかなりの節約になるはずだ。

この先も資源高が続けば輸出入の過程で消費されるエネルギーもバカにならない。正に"食っていく"ための努力が必要な時代がやってくる日は近いのかもしれない。

粟津駅の陸橋取壊し(第2段階)

粟津駅下りホームからの連絡橋の取り壊しが第2段階に入った。
前回は工場側の階段の撤去だったが、今度は道路をまたぐ部分の撤去。朝から道路は通行止め、昼休みには50tクレーンと25tクレーン2台で吊上げ準備をしていた。
帰る時にには撤去が完了してしまっていて、過程は見ることができなかったが、2台で連携しながら吊ったようだ。夕焼け空を背景に2台の大型クレーンが作業している風景は、なんとなく怪獣映画の1シーンのようだった。
2009022
20090210080


インスタントコーヒがまずい

安かったのでUCCのザ・ブレンド117を買ってみた。
はっきり言ってまずい。牛乳と混ぜて飲むために作られたインスタントコーヒなのだろうと思う。今週は我慢して飲んで週末に買い換える予定。

2009.02.09

インフルエンザ薬の備蓄

インフルエンザ特効薬であるタミフルの耐性菌が出てきたということでリレンザの備蓄が始まっている。

でもこれらは一連の霊感商法ではないかとも感じている。確かに新型インフルエンザの脅威があることは認めるし、薬も効くのだろう。でも衛生環境が整い、栄養状態の良い現代の先進国でも本当に脅威となりうるのだろうか?

今の日本は過去の新型インフルエンザ発生時と比べると医療技術と予防のための知識は格段に違っているはずだ。大変なことになるかもしれませんよと、脅かして薬を売りつける商法は霊感商法、あるいはがんの民間療法に似ている。

各国で大量に備蓄するとなると製薬会社にとっては濡れ手に粟のあまりにもおいしい話になる。そしてその開発元がタミフルは元アメリカ国防長官ラムズフェルドの会社(製造はロシュ)、リレンザはイギリスのグラクソ・スミスクラインというのはあまりにも出来過ぎている話で、アングロサクソンの陰謀的なものが実在するのかと勘ぐりたくなってしまう。

体が冷える感じは風邪?

週末から不調気味。今日になって体が冷える感じが強くなってきた。風邪を引いたのか、自律神経失調か?最近はデパスを沢山飲んでいるせいか、症状があまり悪くならないので何が悪いのかよく分からない。とりあえず、ゆっくりすることにした。

2009.02.08

ルーズな自分は許せるか?

図書館の本を期限までに返せなかった。それも1週間もだ。そしてそれに対する罪悪感をあまり感じていなかったのだが、図書館に足を運んでそのルーズさに鈍感だった自分を責めたい気持ちになった。

単にルールを守るということだけではなく、誰かがこの本を読むチャンスを奪ったかもしれないという意味で、何らかの責任が発生したはずだ。あんなに沢山ある内の1冊ではあるのだけれどそれとは別次元の問題だろう。

病気以後、積極的に"ルーズな人"になろうと考えてきたがそろそろまともな人に戻るべきかなとも感じているのかもしれない。ただ、こういうルーズな考え方は今の日本社会を広く覆い尽くしているのも事実で、それに自分も引きずられていることももう一つの理由だとも思う。

などと言い訳しても仕方がない。それでは社会は変わらない。先日、環境問題について書いた"Better than nothing"の思想で、少しずつでも"社会の質"の向上に貢献していきたいと思う。

学問は多くの人を助けるため

新聞記事で、カンボジアの学生が、"学問をすると多くの人を助けることができるからがんばっている"と話している内容が紹介されていた。自分が選ばれて働かずに学ぶ理由のことを言っている。

良い会社で楽に働きたいからとか、裕福に暮らすためにがんばるとかが、当たり前の理由になっている日本人とは、あまりにも志が違う。こういう卑しさに気付かされるとここ数十年の日本は、大きな過ちを犯してきたのだなと恥ずかしい気持ちになる。さらにはこう書きつつも、明日にはすっかりそれを忘れるであろう自分にはさらに失望しなければならない。

物質的に豊かになるというのは、こういう心の貧しさと組合わさってやってくるのが宿命なのだろうか?

これから社会を担っていく子供達に何を伝えるべきなのか、これから数年が一番大切な時期なのだなと気を引締めねばと思った。

2009.02.07

イカの哲学 中沢新一、波多野一郎

グンゼ創業者の孫で特攻隊の生き残りでソ連抑留者、かつ戦後にスタンフォード大学に哲学を学ぶために留学するという波乱に満ちた人生を生き、40歳の若さで脳腫瘍で亡くなった波多野さんが、亡くなる直前に自費出版した本が、本書と同じ題名の"イカの哲学"。本書にはその内容が全て紹介されている。中沢さんは学生時代にこの本に出会って感銘を受けたが、その内容が最近になって自分の中の別の課題に引っ張られて浮かんできたという。

本の内容はカリフォルニアの海岸ででイカをさばくアルバイト中に、イカをモノとして扱う自分と戦争でモノとして扱われた人間との対比の中から、平和のためには相手の実存を受け止めることが大切だ、ということを悟ったと言う内容。

当たり前と言えば当たり前なのだが、中沢さんの解説にはその続きがある。
動物だった人間は自然からは必要な分だけを得ていた。その過程では一時的に"戦争"状態になって戦うが、戦いが終われば霊を祀って相手の存在を認める手順があった。人間の間の戦争でも近代に至るまではそうだった。

でも、近代以後、人間が自然から根こそぎ奪う(この例として人間がイカを大量に漁獲することがあげられる)ことが当然の権利となり、それは人間の間の戦争にも適用されて、絨毯爆撃や核兵器による根こそぎの破壊である"超戦争"の状態に至っている。波多野さんはその現場を渡り歩いたことにより、そこに平和への課題を見つけたのだが、中沢さんはさらに環境問題解決への課題を見い出している。
欧州的、あるいはキリスト教的な人間第一主義(本の中では単にヒューマニズムと書かれている)の是非が問われているという問題提起だ。このヒューマニズムに遅れて入ってきた日本には、それを修正できる思想世界があってそれが"超平和"としての憲法第9条だと中沢さんは指摘している。

さらにこのヒューマニズムは暴走する資本主義と相まって今の世界を大混乱させている。そろそろ人間社会に"気付き"が来なければならないと思う。このままでは日本は欧米追従を続けて"ヒューマニズム"の時代は続きそうだ。でもこの経済危機を起点にして、新しい思想の潮流が生まれてくるような予感がしている。そこに僕が、日本が貢献できるものが何かを今年の考えるテーマにしたいと決めた。

2009.02.06

Safariでcontrol+k、control+Y

Safariのテキスト編集でcontrol+k、control+Yが使えることに気付いた。
でもクリップボードはSafari専用みたいで他のアプリケーションに持って行くためにはcommand+C、Vでやる必要があるようだ。
ヘルプには何も書いていないので、今度、動作一覧を作ってみようかと思う。

タスクバーを上に

PC Watchの連載"山田祥平のRe:config.sys"でタスクバーを上にしているという話が出ていた。
メニューバー、ツールバー、タスクバーの全てを上に置いて、何をするときでもマウスを上に振れば良いという合理性が理由とのこと。僕も30分だけやってみたがダメだった。

確かにマウスの動きが一方向になるのだけれど、今度は情報が集まり過ぎてアイコンを探すのが煩わしくなる。もう10年以上、タスクバーは下だったので慣れの要素が大きいとは思うが、老眼が理由のような気もする。


新型インフルエンザの教育

職場で新型インフルエンザについての教育があった。
会社は気合いが入っていて行動計画とか色々作っているようだ。でもパンデミックになってしまったら、社会全体がパニックになってしまうだろうから、ちょっとした教育では成果があまり期待できないと思う。

今日の教育は受付に時間がかかって30分弱待たされた後、健康管理室の先生の話は30分程度。あの程度なら普通の人なら知っているし、知らない人はあの話を聞いても理解できなかっただろうと思う。だいたい、この時期に数百人を狭い会場に押し込めたりするとインフルエンザの感染会になったのではないかと心配だ。

でも、薬の備蓄もしているようで、考えてくれているだけでもましなのかもな、とも思う。

中3の2月に校舎内のペンキ塗り?

ここ数日、上の子が頭が痛いと言う。
まもなく私立高校の入試なのでストレスによるものかと心配していた。本人曰くでは、朝は何ともなく、学校でもさほどではない。でも家に帰ると悪化して勉強ができない。

家でガミガミ言い過ぎかと反省したりしていたのだが、昨日になって学校の3年のいる校舎の内壁にペンキ塗りをしていたことが判明した。頭が痛いとか、吐いたりとかの症状も出ているらしい。

学校は一体何を考えているのか?天気の悪い北陸の冬に室内のペンキ塗り?寒くて雨天では窓も開けられないではないか、先生は薬物中毒の講義を一緒に聞いたんじゃないのか?あほか!

家内と学校に殴り込みだと話していたら、子供が内申に影響すると困るというので止めにした。

あまりにも想像力がなさ過ぎ。やっぱり先生というのは鈍感なんだなと改めて思った。トレーニングされずに大人になってしまうことは不幸だと思う。そんな先生と付き合う子供達も不幸だが、それが人生の修行の一部なのかもしれない。

2009.02.05

円高ならドルで決算したらどうなるか?

円高で輸出企業の利益が減少している。
でもグローバル企業としてドルで決算を出したらどうなるのか?利益は目減りしないが、開発費などの日本国内への投資は膨らんでしまう。海外での生産のほうが多いような企業ではそちらの方が合理的にも感じる。そういう決算を出している企業はないのだろうか?

トヨタの感じていた危機感

トヨタ首脳は1年以上前の景気が良かった頃から"危機感を持っている"と話していた。
当時は国内若年層のクルマ離れとか資源高の話だと思って聞いていた。でも、もしかするとトヨタは今回の経済危機を正確に予測していたのではないだろうか?

トヨタほどの会社になれば小さな国の経済活動全体よりも大きなお金が動いている。そうなるとリスク対策として経済情勢の分析をする専門部隊がいてもおかしくはない。その調査の結果が今の経済危機の予知だったのではないだろうか?

もしそうだとすると、今のトヨタの対応は練りに練られた作戦の結果とも言える。日本企業としてはあまりにも鮮やかな対応の理由がそこにあるのかもしれない。

2009.02.04

Windowsネットワークのプリンタ(続報)

Gutenprintの最新版を入れたらどうかと思ってWebサイトを調べてみた。

EPSONのプリンタへの対応は良いようだが、CANONは今ひとつみたいだ。でも、最新版のリリースノートにあった"Preliminary support has been added for the Canon PIXMA iP4600"という記述は、Pixus iP4600の姉妹機の話のようなので今後に期待せよということなのだろうか?

政府貨幣論

全くおかしな話だ。
貨幣というのは信用そのものだ。舞台に上がって"さあこれから騙しますよ"と宣言して始めたのでは、誰も騙されることはない。誰がお金を払うのかを考えたら中学生でも分かるだろう。

それ以前に、日本経済を支えているのは物や資本の輸出、いや日本人の知恵の対価なのだから、いくら国内の金を増やしても結局はゼロサムにしかならない。せいぜい時間差によるソフトランディング効果程度だろう。

そんなことはプロの皆さんには当然のことだろうから、この議論はただの目くらましなのかもしれない。間抜けな経済政策の結果、円安になることで輸出産業に一息つかせる作戦だったら、ネタとしてはちょっと楽しいのだが。

好景気は"詐欺"か"侵略"の結果

好景気、不景気の波がある。
でも、冷戦以後の景気の動きを見ていると本当は不景気が普通の状態で、好景気というのは"詐欺"か"侵略"でしか得られないものなのではないかと考えるようになった。

中世から続いた奴隷制、植民地制が"侵略"で繁栄をもたらしたがそれは道義上、行き詰まった。次は冷戦を含む戦争の世紀が一時的ながら繁栄と滅亡をもたらした。ここでは世界全体ではゼロサムだ。

戦争が儲からなくなった今、"侵略"は内部に向かってホワイトカラーを含めた労働者の搾取に向いていることは先日読んだ本で学んだ。一方、内部に対する動きとしては"騙す"がトレンドになってきている。サブプライム問題を初めとして食品の偽装、建築の問題その他様々な嘘で儲ける動きが強くなってきている。これも資本主義の暴走の一部だろう。

資本主義を修正する新しい考え方がどんなものになるのか?これから数年の世界の動きに目を凝らす必要があると思う。

教育は理系の仕事?

子供と話をしていて仕事の話になった。その流れでふと考えたこと。

文系は人間がけんかをしないための知恵、理系は人間が豊かになるための知恵を学ぶものだと思う。文系を分配、理系を生産としても良いかもしれない。

理系の代表の医学は直接は生産には結びつかないが、生産力を維持するという流れで理系だろう。一方、文学は分配には直接関与しないが人の心の理解が円滑な分配に貢献するという点で分配の機能になると思う。

教育は文系と理系が混合しているのだが、やっていることは生産能力の生産なので理系的な要素が強いはず。教育がうまくいかないのは理系の仕事なのに文系の人がやっているからではないだろうか?

とまあこんなことを考えても何かの役に立つ訳ではないのだけれど、ちょっとした頭の整理にはなる。

窒息するオフィス ジル・A・フレイザー(岩波書店、県立図書館)

アメリカのホワイトカラーと言えば、勤務は"9 to 5"で、6時を回ればオフィスは空っぽというイメージがあった。でもそれは80年代以前の話だということが分かった。今や日本以上に働かされている。

冷戦での勝利は資本主義の純化を進めて、ついにはホワイトカラーに対しても恐怖による支配を通じた搾取が始まり、さらにはIT機器の普及が24時間休みなしの勤務も要求し始めてブルーカラー以上に厳しい労働になっている。

ブルーカラーについては産業革命以後に様々な労働者保護の運動がわき起こり、ソ連という社会主義の実験にまで至った。しかし、その結果としてブルーカラーの人たちが得たものを思うと、ホワイトカラーの将来にも暗澹たる気持ちになる。

また同じ道のりをたどるのか、それとも新しい分配の仕組みが作られるのか?
変革を求めてオバマを選んだ力の源泉は、ここにあるのかもしれない。

2009.02.03

星の王子様 サン=テグジュペリ(新潮文庫、河野万里子訳版)

今さら僕が言うことはないのだが、今回読んだ新訳は大人を意識している感じがして、ちょっと違和感。あくまで子供向けに語るのがこの本の良さだとおもうのだが。

ソニーがダイエーになる

がんばれソニー!中学生の頃から好きだったんだよ。
マルチバンドラジオやウォークマン、高くて買えなかったが当時最高にクールだったPCの"SMC-70"。アプリケーションなんかなくてもいいんだと叫びたくなるPCだった。
今でもテレビ、子供のPC、ノイズキャンセルヘッドホンなど..と考えると意外に買っていない。バブル全盛のころから、商品に魅力がなくなったように思うのだ。

きっとエクセレントカンパニーになって、製品に興味はないが頭のいい人が集まりだして製品のことを真剣に考えなくなったせいだと思う。今やダイエーの末期(会社としては健在なので失礼かも)に重なって見えるのは僕だけだろうか?

その会社の事業が好きな人が集まらなくなった時、会社はおかしくなっていく。そう言う意味では僕の勤務先は知名度が今ひとつなのでこの先もしばらくは安泰なのかもしれない。

豆まきと恵方巻き

節分なので豆まきをした。

去年までは家中の窓とドア全てから播いたのだが、今年は二人とも中学生になった子供たちが乗り気でないようなので、玄関と子供部屋だけの最小限。以前は、近所の僕の実家まで遠征していたのに比べたらほとんど止めたに近い。
恵方巻きもちらし寿司の一部を海苔巻きに仕立てるという手抜き。鰯は食べなかった。

家内の実家がイベント命だったのだが、やっと普通に戻ってきた。
この調子では来年はもっと手抜きになるかもしれない。

Macbook絶賛の記事

PC Watchで本田雅一さんが、Macbook Airを絶賛している。
僕の言いたかったことをうまく表現してくれて、ちょっとうれしい。やっぱりMacもOSXも4年前より進歩したのだなと納得する。というかWindowsPCの進化が止まっているということかもしれない。一昔前のThinkPadにはオーラのようなものを感じたが、最近は職場の会議室で使うことがあっても感動することはない。ただしその理由はWindowsの青い画面にあるのかもしれないが..

リンク: 本田雅一の「週刊モバイル通信」.

Macが冷たい

前にも書いたが、この季節はMacbookが冷たい。そのうちあかぎれができるかもしれない。

2009.02.02

精神の障害への理解

こういうことを考え出したのは、自分が鬱の症状のなかで薬の副作用とはいえ、統合失調症に近い領域に達したことが大きな理由だ。

病気をするまでは鬱と統合失調症の区別も付かずに、ただ怖いものというイメージだった。だが、勉強した上で自分が境界例まで経験してしまうと、それを見る目は180度変わる。患者、家族の苦悩と脱却への強い願望を理解して、自分の想像力の範囲の中にそれが入ってきた瞬間から人ごとではなくなってしまった。

でも、そんな経験のない人にとっての理解はまだまだ難しい。最善の手段は患者が経験を語ることだと思うがそれもなかなか実現は難しい。経験者の自分に何ができるか?残念ながら人の心をつかめる語り部になるまでの道は果てしなく遠く感じている。まだまだこの先は長い。

犯罪者は原則、精神に障害がある人

先ほどの記事で、心神喪失と判断された犯罪者の話を書いたが、それ以前に犯罪者は原則、精神面に異常を抱える人たちだ。正常な人は犯罪を犯さない。境界の引き方は難しいとは思うし、もちろん障害を持つ人が全て犯罪者ではないのだが、犯罪者が精神異常者である確率はかなりの高率なのであろうし、心神喪失にまで至らなくても、異常が原因で引き起こされる犯罪は相当数に上るのではないかと思う。

それでは今の刑事システムでは、それを前提として犯罪者を処遇しているかというと否だろう。刑務所での数年間が障害や病を癒すはずもなく、再犯は繰り返されるのだ。

統合失調症や人格障害の罹患率からすれば微々たる問題で、社会全体としては無視できるものなのかもしれない。でもその人達も薬をのんで症状を抑え、必要なコミュニティに取り込まれている間は、まともな人生を送ることができる。それが刑務所を含めた社会的座敷牢に封じ込められたときには、その人達にとっての人生は破壊されてしまう。そのギャップをだれが埋めるのか?

"多くの人間がいるの中での誤差の範囲"で片付けるにはあまりにも重い課題に感じる。

マウスが壊れた

家内のPCのマウス右クリックが効かなくなった。マイクロソフトの緑色の小型のもので一目惚れ的に買ったものだったように記憶している。

家内もいろいろな活動を整理して、最近はPCに向かう時間もずいぶん短くなったのだが、以前の長時間稼働を思えば寿命が来てもおかしくない。ただクリックの頻度は圧倒的に左だろうから右は耐久性を落としてあるのか、それとも中指が斜めに押す感じになるのでそれも良くないのか、あるいはデザイン優先で細めのケーブルの耐久性不足か?

マウスのビジネスとして考えると、納得できる寿命で壊れるといううまい設計ができていると言えるかもしれない。とりあえず、僕が職場で使っていた普通の大きさのMSマウスをつないで応急処置。手の小さい家内には大きすぎて疲れるようなので、近日中に買いに行かなければならない。

心神喪失と判定された犯罪者は

犯罪を犯した心神喪失状態と認定されて無罪になった人たちを収容する施設のテレビドキュメントを見た。

最近の法改正できた最新の施設で33人の入所者に対して医師、看護師らのスタッフが50人という恵まれた体制だという。この施設の責任者の話ではこのぐらいの医療体制が欧米の普通の精神科病棟の姿だそうだ。

施設内で過ごす入所者は落着いているように見えたが、問題は出所してからだろう。施設内で与えられた手厚い看護は受けられないし、症状を抑える薬を飲み続けるためには、働いてお金を稼がねばならない。でも犯罪を犯した精神障害者にどんな仕事があるだろう?

結局は生活苦から薬を切らして症状が悪化して、再び犯罪を犯して施設に逆戻りしていく。自立させるというのは行政の時間稼ぎなのだと思う。でも、費用上、完全な保護はできない。しかし何もせずに世の中に放り出しては再犯に至る。かといって刑務所に閉じ込めてはその人は人生を失う。全てを成り立たせることは無理だからできる限りでバランスを取った妥協点なのだろうとは思う。

こんな問題にこそ政治の出番がある。この問題に政治がどう関与してきたのかを調べてみたくなった。

2009.02.01

城崎温泉のカニ

昨日から弟が父母を連れて城崎温泉に出かけた。悪天候の中だったがクルマでの移動は問題なく、父母は、夕方に弟と舞鶴で別れて帰って来てお土産のカニが届く。

カニは結構大きいズワイと小さめのセイコが4匹のゆでガニ、やや塩が強めだったがおいしかった。父母は鍋用の生にするか、ゆでたものにするかずいぶん悩んだらしいが、ゆでガニで十分おいしい。

この寒い中でも、温泉街は盛況で外湯巡りの人混みがかなり賑わっていたらしい。やはり今回の不況は輸出産業に限定されたもので、報道されるほどには消費市場は悪くなっていないのではないだろうか?

城崎温泉はすっかり現代の温泉地になっていて志賀直哉の小説のような味わいはもうないらしいが、いつかひとりで出かけて気分だけでも味わってみたいと思う。

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »