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2009年7月

2009.07.31

恒例の北海道名産

独身貴族(死語?)の弟は毎年の夏休みに北海道へツーリングに出かける。そして福井の
我が家か実家のどちらかに北海道名産を送ってくる。

今年はホタテ。最北の道の駅と書いたチラシの入った約20個入りのクール佐川急便(?)が届いた。実家に持って行っても食べきれないので、いつも下の子が遊びに行っている友達の家と、班長をやっていてご縁のある自治会長宅にお裾分けした。

さすがに遠いためか、届くまでに2日かかっているので、生食は止めてオーブンで焼くことにした。明日が楽しみ。

2009.07.30

18才成人なんてありえない

またこの話が蒸し返されている。
安倍内閣が作った国民投票の法律なんて、なかったことにして止めれば良いのにと思う。

大人も含めて日本人はみんな幼くなっているという点は議論するまでもないと思う。未成年なら大ざっぱにいって3年。今の高校生は30年前の中学生という感じかなと思う。そんな状況で、成人年齢を下げるなんていうのはナンセンス極まりない。

戦争や結核で明日死ぬかもしれない人生では、一日も早く大人になる必要があった。でも誰もが長い長い人生を送るようになってから、早く大人になる必然性はなくなってしまったのだ。

と書いている自分も、今の自分が大人なのかという問いに即答できないのは歯がゆいを通り越して恥ずかしくさえある。僕らの世代でさえ、まだ大人にはなっていないのかもしれない。

2009.07.29

新しい眼鏡で会議

今日は眼鏡を新調してから初めての会議。
最初は老眼対応の弱い眼鏡を掛けていたがプロジェクタの文字が読めずに近眼用に変更。文字がすっきり読めて快適。

でも、手元にメモを取る時はちょっとしんどくて、老眼の人達のシステム手帳がA5サイズである理由が分かった。僕は既にA4サイズでメモを取っているので問題はないはずなのだが、罫間が狭くて文字が小さくなって読みにくいことにに気付いたので、次回の用紙印刷から罫間を広げてみることにした。

2009.07.28

マツダの小型ロードスターの噂

散髪屋にあったベストカーに東京モーターショー情報として、マツダが1.3Lぐらいの小型ロードスターを出すという記事があった。
ベストカーの記事なので妄想、願望記事だと思うが、本当に出てくれると面白いなとは思う。

景気の波はあってもこれからモータリゼーションが爆発するであろう中国をターゲットにすれば、'80年代の日本で初代ロードスターがなしえたように若者の心を掴む大ヒットも夢ではないかもしれない。

でも日本国内での販売はというと、本家の300万円のロードスターの市場を食うことは間違いないだろうから見送り、あるいは中国から輸入のような形になるのかもしれない。

それでは自分が買うのかというと、やっぱり本家の熟成した車のほうが楽に楽しく乗れる気楽さを選ぶと思う。一方、小型であることはそれだけで車の運転を1段階楽しくしてくれるという魅力は捨てがたい。

と考えては見たが、現在のエコ運転と軽自動車ばかりの低速な道路環境に、スポーツカーで乗り出すのには、結構おっくうにならざるを得ないなと思う。自動車でスポーツ性を語る時代は、もう終わりを告げたのだと思う。

2009.07.27

弱い眼鏡で仕事

今日が初日だったが、ものすごく楽だ。
もっと早く弱い眼鏡を作れば良かったと思う。復職以後の疲れやすい状況ももしかすると目の疲れが脳の疲れを呼んでいたのであって眼鏡を変えた結果、うつも一気に治るのではないかと期待してしまう。

まあそんなに調子の良い話にはならないとは思うが、そうであったとしたら、この2、3年、もしかすると数年を無駄にしたのかと思うと、高い授業料だったなと思う。でも、仕事最優先の人生から脱却できたという点では、苦労は十分報われているかなとも思う。

下の子が職場体験の打合せに

下の子が職場体験の打合せに行ってきた。
数人のグループの班長に当たって夏休み前には一度、電話連絡した工場へ。今日はグループで顔見せに行ったとこのと。

職場は段ボール箱を作る会社で結束機などの機械があってみんな忙しく働いていたらしい。上の子の派遣先だったハローワークとは違って、働くという意味がじっくり理解できるのではないかと期待している。

班長として役割を果たした今日は、いつになくハイな様子でうまくいったのがうれしそう。こういう達成感を感じてすこしずつでも積極的になってくれたらと思う。

2009.07.26

自家製パプリカ

昨日、大体色づいた黄色と赤色を1個ずつ収穫。
まずは黄色を冷麺の具にして食べてみた。ちょっとピーマン風だが、しっかりパプリカの風味はする。追肥なしでここまでできたので、この後の実の出来には期待したいところ。

2009.07.25

今週の本屋 (じっぷじっぷ種池店)

1Q84はまだ手が出せない。読むのがもったいないという気分。
便乗してかオーウエルの1984の新訳が出ていた。旧訳は6割ぐらい読んだところで図書館の期限が来て断念したのでこちらは読んでみたいなと思う。

また納棺夫日記が文庫になっていたので購入。最初は書き散らかした感じの始まりで少し戸惑う。もしかするとオリジナルから大分手が入っているのかもしれない。

また、ナウシカの最終刊7巻を購入。これで再購入は完了。でも話が終わらないのは残念。

奥入瀬が気持ちよかったこともあり、山歩きの入門書の叢書の1冊と最近、再び買い出したBEPALを購入。何をやるかのフリーハンド状態ではBEPALの全方位性が参考になって良い。入門書、トレンド書としてこういう雑誌は続いて欲しいなと思う。

ついに老眼鏡

注文していた少し弱いレンズへの交換が仕上がってきた。
当然ながら近くはずいぶん楽。これなら通勤電車での読書は快適だろうなと思う。

でも、他の人の肩越しにPCの画面をのぞくような場面では文字が読めなくてちょっとつらい。矯正0.5なのだから当然なのだが、仕事ではちょっとした用事でも眼鏡を変える必要が出てきそうでちょっと心配。結局、仕事では強い方の眼鏡を常用することになるかもしれない。

何より、度数は近眼用とはいえ自分にとっては明らかに老眼鏡であることは間違いない。

八幡山まで散歩

今回は下の子に運動をさせるという名目もあって二人で出かける。
下の子にいろいろ話しかけるがあまり返事はなし。上半身裸でジョギングしている60代のおじさんとすれ違う。また、理科部の研究のためと言ってカマキリと蛾の写真を撮っていた。

前回は上れなかった展望台に昇り日野山、文殊山などを見て、下の子は来た山道から降り、僕は豊小学校に出る車の道から帰る。途中、赤十字病院に抜ける横町を通ってフェニックス通りへ。南福井駅から裏道を抜けて花堂陸橋から帰った。

さすがに涼しい朝でもこの時期は汗ばむが、登ること自体には慣れてきた感じで、もうちょっと何かを追加しないと運動としては足りないかもしれない。

2009.07.24

東北は冷夏の模様

一昨日まで旅行してきた東北は本当に涼しかった。
青森では最高気温が23℃という状況。雨だったものの奥入瀬近くの道路の温度表示は、14℃になっていたほどだ。

家内の話では今年の東北の寒さは異常気象とのこと。100年前なら大凶作で大変なことになっていただろう。と書きながら、今の時代の凶作がどのような影響を与えるのかについてはほとんど知らないということにも気付いた。10年ちょっと前の米の大凶作の状況を少し調べてみようと思う。

2009.07.23

解散から選挙まで40日

今回の解散はよく考えてあるなと思う。
40日もあると民主党はもちろん、マスコミさえ選挙についてはネタ切れになるにに違いない。1つのイベントの有効期間が3日、解散自体を1イベントとカウントしても、3日に1回のペースで12個も話題を提供しなければ選挙についての関心はどんどん下がっていく。

そして関心が下がりきったところに選挙が来るのだから投票率も下がる。そうなれば創価学会の組織票が有効に機能することになり、マスコミ論調では不利な立場の自民党も善戦するのではないだろうか?

民主党はいわゆる都市の無党派の風に期待するだろうが、無党派の多い都市部は創価学会の地盤でもある。風が吹くか吹かないかで正反対の結果となるだろう。また、都議選疲れの創価学会にとっても長い選挙活動期間は有利なファクターだ。自民党以上に選挙慣れした創価学会から、この日程を条件として提示したのではないかと思う。

東北家族旅行まとめ

ということで、長々と書いてきたがこれでおしまい。とても楽しい旅行だった。来年、再来年は子供達の受験で出かけられないので次回は3年後。この次はどこへ行こうか?

東北家族旅行1日目(その1)
東北家族旅行1日目(その2)
東北家族旅行1日目(その3)

東北家族旅行2日目(その1)
東北家族旅行2日目(その2)
東北家族旅行2日目(その3)
東北家族旅行2日目(その4)

東北家族旅行3日目(その1)
東北家族旅行3日目(その2)
東北家族旅行3日目(その3)
東北家族旅行3日目(その4)
東北家族旅行3日目(その5)

東北家族旅行最終日

東北家族旅行最終日

旅程:青森駅→(車中泊)→福井

寝台車としてはまあまあの眠りから5時に目覚め。家内は興奮冷めやらず、また駅での制動、加速のショックが気になって寝付けずに遅くまで夜景を見たりして起きていたとのこと。

一緒に富山の景色を見ながら昨日買ってあったアップルパイを食べながら話をする。上の子はカーテンを開くと起きたが、下の子は6時過ぎまで寝ている。金沢、松任、小松としばらく見ていなかった車窓の景色から粟津以南のいつもの景色に入ったところで、父に迎えに来てもらうために電話。

7:17に福井駅着。僕の分の切符は使用済み印を押してもらって持ち帰る。東口でに迎えに来てくれた父の車で家まで帰る。長い旅行が終わった。
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2009.07.22

東北家族旅行3日目(その5)

青森駅の外のコンビニで明日の朝食を買おうとしたが、おにぎりは品切れ、パンもあまり選択肢なし。しかたなくあるものを買ったが下の子の買ったまんじゅうが消費期限切れと後で気付く。

駅は長い渡り廊下がある以外はシンプル。でも東日本管内のためか改札はきっちり自動改札。家内が束で渡した切符を駅員さんが改札機に通してくれた。

ホームにはもう日本海が停まっている。手前から1号車でなぜか7-9号車が欠番。僕らの12号車A寝台の入りは4割程度。夏休みだが平日かつマニアックな経路の日本海はあまり人気もないのだろう。寝台車が初めての家内は結構、はしゃいでいる。子供達も初めてなのだがそそくさとゲームを始めてしまい、寝台を楽しむ気分はなさそうだ。
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せっかく高い切符を買ったのだからと僕は列車の内外を探検して写真を撮る。最後尾には電源車の"カニ"もつながっているし、喫煙コーナーのソファ椅子や着替え室があるのもA寝台ならではだろう。上段と下段は価格が違っているのだが、上段の自分のベッドに入って納得、天井が円くて低いだけでなく窓が週刊誌半分程度しかない。彗星のB寝台もこんなんだったかなと思い出そうとするが思い出せない。もしかすると下段にしか乗ったことがないのかもしれない。
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15分ほどして発車。長い編成の客車のためかショックが結構ある。アナウンスによれば6号車のB寝台車は特急扱いで座席として使用するが浴衣は使はないようにという当たり前のアナウンスをしている。酔っぱらい対策だろうが聞いて分かる人はバカなことはしないと思う。9時半ごろまでちょっと興奮気味の家内と話をしていたが、上段の自分のベッドに戻って早々に寝る。12時ごろ1回目覚めたが後は4時過ぎまで何とかいつもの薬で眠った。
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東北家族旅行3日目(その4)

僕が八甲田丸に行っている間、子供達はゲーム、家内は土産物探し。
海辺の遊歩道にも出てみたようだが直ぐ戻ったとのこと。僕が戻るとそろそろ夕食ということになりASPAMの中を探すとまともな食事は海鮮料理とフランス料理の店。どうするかと相談したら、いつもは冒険しない下の子がフランス料理が良いと珍しいことを言うのでこちらに決まり。"はなぁふ"という店名ははる、なつ、あき、ふゆの頭文字を取った物と帰ってから知る。"ぁ"が小さいのは秋が短いと言う意味なのかもしれない。14階にあるレストランの海側のカウンターに案内されて素敵な景色。さっきの展望台ではあまり良いと思わなかった景色だが、雰囲気の良い店の中から見ると不思議と素敵に見える。
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3人はコース、下の子は無難にハンバーグを注文してそれぞれにおいしく食べた。ちょうどこの日は上の子の誕生日だったので展望レストランでフレンチというのはなかなかの選択だった。食べ終わるとそろそろ電車の時間が近い。時間がないので満タン返しはできずにプリウスをトヨタレンタカーに返却。走行距離で精算して駅まで送ってもらう。なぜかレンタカーの兄ちゃんの運転は乱暴でみんなでちょっと参る。


東北家族旅行3日目(その3)

遺跡が終わると次の目的地はない。取りあえず青森駅前に行けば何とかなるだろうという安直な選択で青森駅に向かう。

遺跡から20分ほどで青森駅に到着。でもなにもない様子。福井駅前みたいだ。また取りあえずで三角形のインパクトがあるASPAMという観光物産館に入った。またもや取りあえず展望台に上ってみたが、海はきれいだが町はどうということはない。エレベータ券のおまけの自販機ワンドリンクを飲んで休憩。寒いといってみんな暖かい物を飲んだ。
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まだかなり時間があるので、僕だけ展望台から見える"青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸"という博物館へ。青函連絡船をそのまま係留して中を少し改造した博物館だ。乗り物+メカ+廃墟という僕のツボにはまってじっくり楽しんだ。中の展示はかなり充実していて青函連絡船に思いのある人が沢山いることを物語る。また甲板内の貨車や客車、地下(?)のエンジンや発電機などメカもなかなか見せてくれる。
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子供達も来たら良かったかとも思ったが、きっとちゃら見で終わって僕がせかされただろうから、やっぱり一人が良かったなと納得。八甲田丸までの行き帰りは港にせり出した木造の遊歩道で気持ちがよい。欄干にはカモメがいて人慣れしているのか逃げない。旅の最後を充実させることができて非常に満足した。


東北家族旅行3日目(その2)

食事後は家内に運転を替わってナビにしたがって三内丸山遺跡へ。ロープウェーより下は直ぐに楽な道になってバイパスと思しき広い道路から遺跡に向かう。途中の町外れに、青森公立大学があったが、なぜ県立でないのかは不明。

三内丸山遺跡は有名になっただけあって立派な導入建屋がある。縄文の暮らしの解説や体験など遠足や修学旅行向けの施設がいろいろと小さめの土産物屋が入っている。建屋の中央のゲートから遺跡に出ると広大な敷地が広がり、修復物が点在している。何種類もの竪穴式住居、ゴミ捨て場の跡、六本柱建物などがあり、一通りまわるのに1時間程度。発掘中の現場を見せるサービスもあって、熱心に質問している人がいた。
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また、発掘された遺物を展示する遺物館もあってこちらも結構面白かった。三内丸山遺跡は想像していたよりもずっと立派で、蝦夷時代を含めた東北人のルーツとして大切にしているのだろうなと感じる。

全体を通して一番印象深かったのはやはり六本柱建物。何のための物という議論があったようだが、それよりもこんな大きな丸太材を人力だけでどうやって運んだのかという点を知りたい。直径1m、長さ数十mの丸太をクレーンなしで立てる技術をどのようにして得たのか。村人が力を合わせてなどと言っている範囲を遙かに超えているだろう。飛鳥時代以前は言葉を持たなかったが故に、分からないことが多いがこういうものを作る技術があったということは相当高度なコミュニケーションもあったはずで、今後の考古学がこういう分野の解析を進めることができれば素晴らしいなと思う。ついでのメモだが、復元された六本柱はロシア産の栗の木とのこと。栗の巨木、それもほぼ真っ直ぐなものを6本もそろえることができるロシアの自然は大した物だと思う。
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ただし、縄文時代の遺跡というと2000年の旧石器遺跡偽造問題も頭に浮かぶ。この遺跡が有名になったのは1996年、一番あやしい時期だ。でもこの遺跡全体を偽造するのはさすがに無理だろうから六本柱建造物があやしいのではないかとも思う。ルーツ探しと観光が強力タッグを組めば何をやっても良いというお墨付きをそこかしこにばらまいていたのではないかとも思う。もしそうだとしたら残念なことだ。僕も一時は考古学を志した時期もあったのだが、そのときも戦前、戦中時代のこういううさんくささについての記事を読んで一気に熱が冷めたのを思い出す。

ところで、子供達によれば、ここに咲いているタンポポはみんな日本タンポポとのことで、セイヨウタンポポはまだここまで進出できていないということがついでに分かった。

帰りにもう一度建屋を通ると出口の所でおばあちゃんが一升瓶に入れた生ジュースを売っている。王林や富士などいろいろな銘柄があって試飲させてくれる。それぞれ全くと言って良いほど味に変化があってまたとてもおいしかった。でも一升瓶では持って帰れないので飲み逃げ代として500円置いて帰る。これも青森ならではの良い経験だったと思う。


東北家族旅行3日目(その1)

旅程:緑水閣→十和田湖畔→八甲田山→ロープウェー→三内丸山遺跡→青森市街(ASPAM、十和田丸)
宿泊:寝台特急日本海(A寝台)

昨夜もすんなり寝付き、4時に目覚めてまた眠る。6時半に起床、朝食はバイキング、さっさと食べに行く。場所はロビー脇のレストラン。和食も豊富なバイキングなので、昨夜同様にいろいろ食べて満足。少し食べ過ぎ気味だった。部屋に戻ってもう1回風呂へ今朝も貸し切りで気持ちよく入る。今日も雨なので、ゆっくり9時頃にチェックアウト。

再びプリウスのナビにしたがって八甲田山を目指す。一旦、奥入瀬を引き返すルートだったが昨日の雨に加えて今日も結構な降りなので、昨日とは違って遊歩道まで川の水が流れ込んでいる場所さえあって、今日でなくて良かったと強運に感謝。

途中の道は道幅は十分だが結構な山道。東北らしい濃密な森が延々と続く。天気が悪い平日のためかすれ違う車はほとんどなし。途中、いくつかの温泉地を通り過ぎて、笠松峠を過ぎて酸ヶ湯の近くのインフォメーションセンターで休憩。平日のためか無人で、山の情報の掲示物を見て休む。冬期は冷え込むためか、トイレにはヒーターが設置されている。また靴を洗うなという注意書きもあったのは近くにキャンプ場があるためだろう。周囲には硫黄の臭いが漂っていて火山に来ているという実感が出てくる。
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峠を越えた辺りから周囲の植生が変わって低山風になったなと思ったら八甲田山ロープウェーに到着。山上は天候不良で視界数十mとのことだったが、せっかく来たのだからと上に登ることにする。待ち時間の間に土産物を見たり八甲田山の映画についての展示物を見たりする。麓でも気温は14℃、寒さ対策に上着を重ねる。
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定員101人というロープウェーは塗装補修工事中で同じゴンドラに作業の人が数人乗って山上に向かう。山上は雲の中で見えないが、陸奥湾にむかって広がる原生林の山並みは圧巻。西日本にはこんな景色はない。これでもうちょっと天気が良ければというのは贅沢だと思う。山上に着いたがほとんど視界もなくかなり寒いので散歩は断念。山上駅で放映されていた映画を見ながらすぐ次のゴンドラを待つ。ここのトイレの個室には天井から円形のヒータが下がっている。厳冬期の凍ったトイレを思うと少し緊張する。
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雄大な景色を見ながら下山すると、そろそろ食事の時間。冬場はスキー場の食堂になると思われる小さな食堂で昼食。東北の一般的なそばを食べてみたかったのでそばを食べた。だしの色は濃いが塩味はやや薄め。東京標準の味がここまで届いているのかなと思う。


2009.07.21

東北家族旅行2日目(その4)

休屋の駐車場までと年配の運転手さんに頼んだら、どこかの豪雨のニュースについて話しかけられた。でも運転手さんの青森弁(秋田弁かも)は全く分からない。地名の固有名詞はなんとか分かるのだが他は全くダメ。日本語というよりイタリア語に近いんじゃないかと感じたほどだった。福井弁も結構きついと思っていたが、やはり北東北の言葉は強烈だった。江戸時代までは外国だったのだということに納得した。でもこういう体験はここに来ないと難しい。来て良かったなとまた思う。

駐車場からホテルまではすぐに到着。ガラス張りのロビーの天井が高く気持ちがよい。建物の古さ加減からすると20年弱かなという感じ。階段が多くてバリアフリーにはちょっと遠い。でも部屋の窓には奥入瀬と同じような森が広がっていて景色に深さがあって美しい。部屋も2人ずつ2部屋を取ったのだが、広さは4人部屋相当でゆったりできた。食事までは時間があったが僕たちは疲れたのでそのままゴロゴロ。子供達は温泉に入りに行った。
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夕食は最近リニューアルした地下のレストラン。グループごとにカーテンのようなもので仕切られていてリラックスできる。料理は郷土料理バイキング。ワカサギや山菜の天ぷら、ハタハタの焼き物、いろいろな山菜の佃煮などをバイキング形式で少しずつ沢山の種類を食べることができて大満足。このまま1週間ぐらい連泊したくなった。食事の帰りに売店でリンゴのパイなどの土産物を買って部屋に戻ると布団の準備ができていた。

家内と交代で温泉へ。ここも空いていて貸し切りで誰も入ってこない。青森名産のヒバ造りの風呂はちょっと熱かったもののゆったりと楽しめた。テレビのニュースでは山口で起きた豪雨災害を伝えている。明日に備えて、10時過ぎには寝た。


東北家族旅行2日目(その3)

船は奥入瀬の流れ込み口になる子の口に到着。
50mほど歩くと奥入瀬の入り口。小雨は降ったり止んだりの状態だが、奥入瀬に入り込んで上空を木が覆い始めると傘はいらなくなった。奥入瀬は昨日からの雨で流量がかなり増えているようで急な流れ。でも脇の遊歩道は水たまりも少なく歩きやすい。流れもきれいだが新緑の季節のような木々の緑が美しい。気温の低いこの地では今が新緑に相当するのかもしれない。木々の種類も西日本の森とは明らかに違っていて、外国に来ているような感覚さえある。また、雨で湿った空気にはじとじと感を全く感じず、しっとりしながら乾いているような不思議な感じがとても気持ちよく、気温も低めなので歩いていると寒くもなく暑くもなくちょうど良い。
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もののけ姫にでてきたシシ神の森はこんな森だろうかとか、癒されるねなどと家内と話しながらどんどん歩いていく。上の子は先頭を歩いてだんだん見えなくなる。下の子はこういうのは少し苦手のようで、まだ歩くのかと感じているようだ。2時間弱歩いたところでそろそろ帰ろうかということになり、全体の1/3ぐらいに相当する雲井林業のバス停で道路に上がったが、バスが来るまでは1時間弱ある。ではタクシーをと思ったのだが携帯は圏外。仕方なくバス停の脇でタクシーが通りがかるのを待つ。
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深い森に囲まれた小雨の中のバス停はトトロに出てくるのバス停のようで、待っているのも気持ちいいねとか、ネコバス来いとか話しながら15分ほどして、空車のタクシーが通りがかって乗ることができた。川の脇の遊歩道で緩い下りとはいっても2時間弱も歩くのは家内にとって久しぶりのはずだったが、2回足をくねったもののハイテンションで元気に歩けたのは、緑と水の力によるものかなと思う。


東北家族旅行2日目(その2)

走り出してすぐにコンビニでお茶などを購入。
ナビにしたがって国道454号、4号、102号とつないで田舎道をドライブ。4号線バイパスで対向車線で結構派手な交通事故が起きていた。

道の駅"奥入瀬"で休憩。ログハウスでできた土産物屋で産直のブルーベリーとニンニクを購入。おいしそうな牛乳があって僕と上の子が飲んだ。道路脇の気温表示は朝の八戸市内は16℃、奥入瀬に近い森の中は14℃になっていてとても真夏とは思えない。奥入瀬脇の102号線から雨の奥入瀬を眺めながら十和田湖畔の休屋に到着し北駐車場に駐める。十和田湖は祭りの直後とあって観光客は少なく、駐車場はガラガラ。
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船が出るまでしばらく時間があったので食事場所を探す。これから奥入瀬を歩くこと、来る途中にあまり飲食店がなさそうだったこともあって駐車場脇の土産物店兼食堂に入る。十和田湖に放流されたヒメマスという魚を焼き魚にしたヒメマス定食がおいしそうだったので注文。ヒメマスはイワナなどとちがって獣臭さがなくてさっぱりとしていてとてもおいしかった。
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食後は少し土産物を見て時間を潰してから、少し歩いて遊覧船乗り場へ。小雨が降り始めたこともあってか遊覧船もガラガラ。全部で10人ほどの乗客を運んで第1八甲田という遊覧船が進む。船内はガラス窓が広がり見晴らしが良いのだが、雨のために前方は曇りガラスになってしまうのが残念。十和田湖の景色や伝説などについて船内放送で案内。他愛のない内容なのだが、これがなかったら景色がよく見えないため何のために船に乗っているのかが分からなかったところ。今日はほぼ貸しきりだったとはいえ1,400円はちょっと高い。下の子は疲れたのか眠れなかったのか、空いている椅子にゴロリと横になって眠っていた。
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東北家族旅行2日目(その1)

旅程:八戸→トヨタレンタカー(プリウス)→休屋→遊覧船→子の口→奥入瀬→
    雲井林業バス停→休屋→旅館
宿泊:緑水閣(和室2室)

昨夜はすんなり寝付いたが、1時半と4時過ぎに目覚め。でもまあまあの眠りだ。
ホテル1階の食堂で無料のバイキング朝食。無料という言い方は嫌いなのだが宿泊がすごく安いのでこの朝食は宿泊に含まれている感じというより、特別に無料でサービスしてくれているように感じる。僕と子供達はおにぎりを家内はパンをしっかり食べて、9時前にチェックアウト。

歩いてすぐのトヨタレンタカーへ行き、予約していたプリウスを借りる。受け渡しの女性は無愛想で、これが青森スタンダードかと少し不安。プリウスは2代目。初代を職場の調査車両として乗って以来。初代とは違って、電気モーターの発進からエンジン始動もスムーズ。エンジンブレーキも自然で、パワートレインは良くできているなと思う。でも、フロントが軽くて後ろが重いようでしっかり地面を捕まえる感じが弱い。軽いエンジンと重たいバッテリーとのバランスが難しいのかなと想像。でも、十分安全で良くできた車だと思う。最新型がどのぐらい進化しているかを乗り比べてみたいが、買いたいとまで思わせない。理屈っぽいワクワク感という不自然な気持ちを感じるのも、生まれが不自然なハイブリッドならではだと思う。
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2009.07.20

東北家族旅行1日目(その3)

今度の新幹線は各駅停車のやまびこ。
さっきの車両とは違って座面のスライドはなし。でも十分快適で揺れ、騒音も少ない。盛岡まではすぐに到着してホームでしばらく待つ。平日の午後の中途半端な時間の下りなのでほとんど待っている人はいない。同じホームから、僕らの乗るはやてより少し前に秋田新幹線こまちが出ることになっている。連続して来るのかなと思っていたら、連結されていたこまちが切り離されて発車するということで、幸運にも切り離しを見ることができた。とはいえ、勝手に前側のこまちが発車して行き連結器が引き込まれてカバーを閉じるという動きがあるだけであっけない感じだった。
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見終わると次は僕たちの乗るはやてが発車なので、あわてて車両の中へ。この車両は東京から直通できているのでほぼ満席。一ノ関で指定を取れたのはラッキーだったようだ。盛岡以北はトンネルが多くて景色はあまり楽しめず。並びの座席にいた3歳ぐらいの子供が水族館のシール絵本で遊んでいるのを見て、うちの子もよく遊んだねと話す。大きくなったうちの子たちは延々ゲームを続けている。この新幹線もすぐに八戸に到着。やっと今日の目的地に到着。

八戸の駅はまゆ型の鉄骨を使ったおしゃれな建屋。だが駅ビル側はごちゃごちゃした店の作りで台無し。ホテルに向かいながら夕食の場所を探すが、駅には飲食店はなくて駅と一体の別のホテルに海鮮料理の店がある。旅行の初めから生ものは心配だったので、駅を出て探す。一旦、ホテルに入って荷物を置いて出かけた。しかし、正直いって、何も無い。八戸の市街地はローカル線で2駅の本八戸のようで、本線の八戸駅前は期待ほどの投資はなかったようだ。物産館のレストランは閉店間際でオーダストップ。郷土料理の店は頼りなく心配な感じ。後は焼肉か居酒屋。消去法で一番無難な感じがした居酒屋に決めて中へ。
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平日なので店はガラガラ。一人の客ともうひとグループがいるだけのようだ。おなかはすいているのでメモを書きながら結構たくさんの注文をして、あまりそうになったが、さすがに中高生、たらふく食べて満足した様子。消去法ではあったけど比較的にまともな食事だったと思う。8時過ぎに居酒屋を出てコンビニでお茶や水を買ってすぐ近くのホテルに向かう。

八戸コンフォートホテルは八戸開業にあわせてできたばかりのようでとてもきれい。連休明けの平日なので最上階10階は我が家の貸し切りのようで静かだ。シャワーを浴びて、天気予報を見るために9時前のNHKローカルニュースを見て薬を飲んで寝る。明日は雨曇りの模様。9時半過ぎにすんなり寝付けたが、夜中に何度か目覚め。初日としてはまあまあの出だしといった感じ。
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東北家族旅行1日目(その2)

仙台を過ぎて一ノ関に到着。
在来線の駅に出たところでコインロッカーに大きな荷物を預ける。この区間は在来線はJR東北本線のまま。2両編成の結構新しい電車。乗り心地も非常に良い。ワンマンカーかつ出入りはボタンで扉を開閉するタイプ。下の子の隣に山歩きの大きな荷物を載せてビールを飲んでいるじいさんがいて、窓際に置いたビールが転げて下の子にかからないかひやひやしたが、ゆれが少ないため問題なかった。揺れの少なさは感動モノでほとんどが直線だったことを考慮しても、東北本線のレベルの高さを感じる。

新幹線とセットの乗車券を途中下車扱いにして、平泉駅で精算して外へ。駅も駅前も昔からある田舎の観光地という感じで懐かしい景色。中尊寺までは歩ける距離だがこの後の体力温存のためタクシーに乗る。上まで行きますかと聞かれてよく分からないので下で良いと答えたが、家内が上まで乗ればというので上まで行く。街中を抜けて門前の土産屋街から細い道を登っていく。

進入規制があるところでタクシーを降りる。左手が一段低くなっていてハスが沢山植えられている。後で分かったが、これは泰衡の首級桶から種が出てきた中尊寺ハスだった。ちょうど、見頃だったが、前日の大雨でちょっと花が崩れ気味だったのが少し残念。
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中尊寺は沢山の小さな寺の複合体のようだ。杉の大木が並ぶ道を境内に入っていくとぐんと涼しくなり快適。来て良かったなの第一印象。まずは金色堂へということで奥へ。

すぐに金色堂に着いて、観光バスの団体さんと一緒に解説を聞きながら拝観。放送で流れる説明を聞いた後、ほとんどの人はお参りせずに行ってしまう。仏様なのになあとうちの家族はお参りをした。今は中が空になった昔の覆堂を見たり、讃衡蔵という宝物殿の聖骸布類似のものや遺体と一緒にあった刀やいろいろな仏像などを見て子供たちも結構興味深く見たようだった。

金色堂自体は予想より小さく屋根は木の瓦、装飾もシンプルで大きな仏壇という印象。平安時代に都から遠く離れた地で都から呼び寄せた職人たちが、現地調達でできる限りのものを作り上げたということなのだと思う。また、奈良、京都の立派なお寺も、創建以後に代々改修を続けた結果が今の姿なのだとすると、金色堂は当時の姿を忠実に残しているということなのかもしれない。当然ながら藤原三代の遺体は非公開。どこに収められているのかさえ良く分からなかった。

帰りは休憩所で子供達がソフトクリームを食べた後、境内のお堂を回りながら表参道をゆっくりと下る。薬師如来のお堂があったので僕と下の子のために目のお守り、実家の父母のために"総合"お守り、上の子はどういう意味か"必勝"のお守りを買う。

参道を下る途中に展望が開ける場所があり、国道のバイパスと思しき立派な道路が見えた。ここは"小沢王国"の本拠地なので公共事業の成果物はそこかしこにあるのだろう。結局タクシーで登って歩いて下るパターンになって結構楽ちん。行きのタクシーで上まで上がったのは正解だった。
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帰りの電車を調べると、かなり待つことになることが分かったため、参道の入り口まで戻ったところでタクシーを拾った。約20分ほどで一ノ関駅に到着。途中、回り道をしているような不安があったが最短コースだったようだ。

出かける前の懸案だった、一ノ関以北の新幹線切符は問題なく購入できたが、来た時に荷物を預けたコインロッカーの場所が分からない。少し悩んだが、降りたときは乗換えだったので改札を出ていなかったと気付いて改札を入って荷物を取り出す。少し時間があったので土産物を見るが、この先が長いので僕が南部せんべいを買っただけで、後は何も買わずに新幹線に乗った。


東北家族旅行1日目(その1)

旅程:福井駅東口→小松空港→羽田→東京駅→一ノ関→平泉→一ノ関
                      →盛岡(乗換え)→八戸
宿泊:八戸コンフォートホテル(ツイン2室)

とんでもない夢で起きたためか頭が少し重い。何時もより少し早く起きて準備。6:15に父が迎えに来てくれて福井駅へ。小松空港へのバスに乗る。大きなバスだが乗客は全部で十数人。北インター、丸岡インターを経由して安宅PAから出るコースに変わっている。乗客の中に雑誌取材か何かで来ている東京の人たちがいた。

空港では知合いに会わずに一安心。3年ぶりの飛行機。カウンタでくれるのは硬いチケットではなく少し丈夫な紙に変わっている。この紙をゲートの読み取り機にかざすと従来のような半券が出てくる。空港側に残るごみは減るが、スキャンには少しコツがあって通過時間の短縮には役立っていないようだ。

座席は右の窓側の後ろから2列目と3列目の並んだ席。機体が細くなっている部分なので、両端の座席は2列だけで出入りもしやすくまた家族連れ向けな感じ。荷物をしまって早速、写真をと思ったらアテンダントに離陸後のアナウンス以後でないと電子機器は使用禁止ですと注意されてしまった。以後はおとなしく背伸びしながら窓の外の景色を楽しむ。福井の町や岐阜、名古屋、御前崎を経由。富士山は左側の窓からしか見えないのが残念。

荷物は預けなかったので、羽田に着いてそのままモノレールへ直行。ちょうど快速が来てあっという間に浜松町。JR山手線で東京駅へ。

結構早く着いたので、予約していた新幹線から1本早いものに変更。ホームの売店で弁当を買って車両整備を待つ。噂の12分清掃を見たが、座席の反転が自動になっていたり日々進化しているようだ。

座席は座面が前にスライドするタイプ。座席間の前後の距離がゆったりしていて快適。弁当を食べながら車窓の景色を楽しむ。東北新幹線の沿線の都市風景は新幹線以後にできたもので今風の少しおしゃれな街並みになっているように感じた。これが新幹線を呼ぶ大合唱の原動力なのかもしれない。

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希死念慮の夢が怖かった

昨夜も涼しくて寝付き良好。
しかし3時半に目覚めて猛烈に空腹感。夕食はしっかりたべたと思うのだが、消化が良すぎたか、少し冷え込んで寒さで消耗したためか。眠気が空腹に勝ってまた寝たが5時に目覚める前に嫌な夢。

旅行に来ているのだが、僕が鉄道自殺を企てようとしている。僕なんか生きていても仕方がないんだという"ツレうつ"の台詞が頭に鳴り響く。逡巡している間に目が覚めて死なずに済んだ。

空腹による血糖値低下がうつを呼んだのか、冷え込みが良くなかったのか、今日から旅行だというのにとんでもない夢に参る。

2009.07.19

青森は晴れそう

明日からの旅行で一番の気がかりは天気だったのだが、今日の予報で一転、晴れに。
気温は低そうだし、今日までの雨で足下は悪そうだが、何といっても晴れてくれるのはありがたい。良い旅行になりますように。

2009.07.18

青森は寒いかも

明後日からの東北旅行の準備をしている。
インターネットの気象情報は便利なもので居ながらにして遠い場所の気候が分かる。3年前の北海道が暑かったため、青森もそんなものだろうとたかをくくっていたら、夜7時頃の気温が福井より10℃も低い。観測点の立地とか条件の差はあるとは思うが10℃というのは季節が違うというレベル。

来週の予報では最高気温も25℃前後と5℃ぐらいは違っているようだ。寒さ対策をしっかりしていかないと風邪を引くかもしれない。

2009.07.17

解散したい人だということを忘れていた:麻生首相

祖父の吉田茂はバカヤロー解散をやった人で、麻生首相が首相の専権事項の解散権を行使しないというのはありえないとやっと気付いた。

ということで、任期一杯ぎりぎりまでがんばって最後は自分の意志で解散というのが、麻生首相の最初からの方針だったのだろう。首相職を満喫ということだ。これだけぶれないで首相であることを楽しんだ首相は小泉元首相以来だろう。この後の選挙がどうなるのかは分からないが、麻生首相は前首相、元首相として言いたいことを言い続けるというのがありそうな展開だと思う。

マスコミは解散時期をずっと書き続けてきたが、裏を返すと他にネタががなったということななのだろう。就任時のあの満面の笑顔を見たら自分から辞めるなんてありえないことだとはすぐに分かることだ。

ところで、バカヤロー解散をWikipediaで調べていたら、当時、鳩山派とすったもんだをやっている。50年後も似たようなキャストでごちゃごちゃやっているのを見るとつくづく政治の世界は世間が狭いのだなと思う。極東の島国、政治もガラパゴス化が進んでいる。

島津製作所の人、何かありましたか?

昨日のアクセスが多かったのでログを読んでみたら、"shimadzu.co.jp"からのアクセス多数。
読まれているのはソフトウェアのライセンス管理の話。島津製作所でも何かあったのだろうか?ちなみに僕は島津製作所とは関係なし。高校の同級生が一人いるはずといいうだけのつながり。

ウイルスバスターMac版

ウイルスバスターのMac版が出るらしい。
ということは競合他社も参入してくることは明らかで、そうなると"マーケティング"のためにウイルスがばらまかれるであろうことも明らか。ついにMacでもウイルス税とうざいパターン更新が始まってしまうのだろうか?

八幡山まで散歩

旅行の前に運動するなら今日だけだなと思って、3時から八幡山へ出かけた。
今日は、近道をせずに豊小学校の脇まで歩いてから車の道を登る。以前来た時と違って木が繁って薄暗く、今時、小学生は近寄らないようにという指示が出ていそうなあやしい雰囲気。

今日は気温は高くないものの雨上がりのために湿度が高くて疲れる。家から40分ほどで展望台に到着。でも展望台の鉄骨の櫓の上には3人のじいさんがたむろっていたので上には登らずに帰る。今日は涼しいのでこの3人以外にも何人かの散歩の人と出会った。

行き帰りに見える南側の景色は見慣れないもので新鮮。酒井繊維の工場が山際に迫っていてそれに向かって山上から高圧電線が3本急降下している。この工場のためにわざわざ八幡山を乗越える高圧電線を引いたのだとすると、工場ができた当時は結構、重要な施設だったのだなと思う。帰り道も同じ道をとおって合計1時間20分。これから大雨でなければ毎週通う予定。

肝機能の精密検査

健康診断の精密検査でいなだクリニックへ。
家内が予約したと言っていたのだがなんだか話が通じずに普通に診察を待つ。ところが、順番が来るといきなりお腹にゼリーを塗られて超音波検査、やはり話は通っていたようだ。

予想通りに脂肪肝とのこと。"息子の行ってる済生会だったら肝生検だよ"と少し脅かされる。結局、食事の管理と運動で体重を減らすことの指示。次回は10月ごろに検査しましょうとなった。あまりに当たり前の結果に、ちょっと拍子抜け。

15年前に食べ過ぎ(食べさせられ過ぎ)で脂肪肝になった時は、食事を減らして治したが、今回はうつへの良い影響を期待して意図的に体重を増やしたので、食事だけではうまくいかない。"うつへの影響はプラスだった、やはり潤沢な糖質補給の効果はある"と思っているので、今度は糖質を減らさずに脂肪やタンパクを減らし、さらに本格的に運動もして体重を減らすという、少し難しいトライアルに挑戦することになる。初日として今日は八幡山まで1時間ちょっとの散歩から挑戦が始まった。

2009.07.16

下の子の作文

下の子の中学校の個人懇談があって、家内が話を聞いてきた。
秋の文化祭での意見発表会の原稿として全員が"笑顔"をテーマに作文を書くという課題があったそうだ。多くの子供達は笑顔から元気をもらえるとか普通の内容を書いていたらしいが、下の子は"本当の笑顔でないと人を幸せにすることはできない"などどちょっと深めの話を書いていて入選候補まで行ったとのこと。

ただ本番の文化祭での発表を考えると無理そうだという先生達の判断で残念ながら選外になったらしい。本人談によれば自分は時間内にチョロチョロっと書き終えたがみんなは宿題として続きを持ち帰って書いてきたのに自分の評価が高かったとちょっと威張っている。

普段はライトノベルばかり読んでいるので、中学生向けに熱く語っている内容の受け売りかなとも思う。でも、小学生の頃から自分の好きだった虫の本をまねて、自分の好きな別の虫について数ページの冊子を作っていた奴なので、書いて表現するということに素養があるのかもしれない。

というのは親バカかな。

2009.07.15

下の子がiPod nano

下の子が誕生日とクリスマスを合わせてという条件で祖父母からiPodを買ってもらった。
きれいな青色の8GB。使い方が分からないというのでCDからの取り込みと同期の仕方を教える。僕はよく知らないが"ニコサウンドから取ってくる"という方法は自分でできるから大丈夫と言っている。

友達の家で学んできたようだが、しばらくしてやっぱりうまくいかないと言ってきた。聞くと友達はMacだそうで、WindowsではWMPが立ち上がってしまってうまくいかないらしい。itunesに入れてやったがたぶん理解はしていないので、この先の彼の勉強のネタになったはず。彼は自分でなんとかできるか実生活のテスト。

2009.07.14

7000アクセス

今日で7000アクセス。
この4ヶ月で最も読まれた記事は"PCモニタの高さ"。全然、内容のない記事で皆さん申し訳ない。

遅発性ジスキネジア

病気になって休職中のいつか分からない時期から、口の違和感がずっと続いていた。
今日、ナウゼリンという薬のことを検索したのがきっかけで、この口の違和感が遅発性ジスキネジアという病気で、治療法はないということを知った。(ナウゼリン→抗ドパミン薬→途中忘れた→この病気)

クリニックでは何度も症状を訴えているのだが、いつもスルーされていたのはこういうことだったのかと
理解した。説明すれば投薬が原因と言うしかない。そうすると責任を問われかねない。

症状自体は不快なのだが、志村けんの演ずるおばあさんのように体の揺れが取れなくなる場合もあるようで、そこまで行かなかったのは幸いだったと思うことにした。病気になって平穏な日々を手に入れて、その記念碑として遅発性ジスキネジアを得たということだ。

ビタミンEの摂取で良くなった例があるという記事に期待をかけて、飲んでみようかとも思う。

2009.07.13

新しい眼鏡3日目

今日は仕事。
通勤電車ではひたすら目を休める。予想通り、PCは余りつらくないが、手元の文字はきつい。目薬を刺しながらなんとか夕方までがんばると、いつの間にかあまりつらくないことに気付いた。もう慣れたのか、午後になって目が疲れ切って手抜きを始めたのか?

夕食時に食べ物がよく見えない。やはり疲れ切って調整をやめたのだろう。ふと気付いて背筋を伸ばすと見えるようになる。年寄りの姿勢が良いのはこのためかと新たな発見。

60歳を過ぎると調整しなくなってパンフォーカスになるとネットの記事があった。"パンフォーカス眼"あるいは"全域合焦眼"とかね。パンフォーカスという言葉は、日本語にしようとすると嘘になるからカタカナなのだとまた発見。

裸眼では効き目が違う

新しい眼鏡がきついので、細かいグラフ読み取り作業を裸眼でやっていて気付いた。
裸眼では右目をつぶって左目だけで見ていた。左目は11cm、右目は9cmまで寄らないとピントが合わない。先にピントが合う左目の方が見える範囲が広いので左目を効き目に切り替えていた。これでは裸眼を使うほど左目が悪くなるのは当然。左目の酷使が悪くなった原因だ。

2009.07.12

新しい眼鏡2日目

今日は朝から新しい眼鏡。
やはり老眼の症状がきつくなって読書はつらい。でも、PCは画面までの距離が50cmぐらいあって老眼は問題なし。おそらく仕事もPC関連はそれほど悪くないだろうと思う。問題は印刷した資料の小さな文字や通勤時に読む本だ。老眼用の眼鏡は必要になりそうだ。

73才になる父に聞いてみると、遠近両用は慣れずにダメで、新聞以下の小さな文字は眼鏡を外して読んでいるとのこと。掛け替えるのが面倒で外して目を近づけて何とか読んでいるようだ。といっても、僕は眼鏡を外すと視界が極端に狭くなって文章の全体が見えずにつらくなる。慣れなのかなと考えているうちに、親は人生の先輩であることを再確認している。

2009.07.11

新しい眼鏡

今朝、新しい眼鏡を受取ってきた。
検眼していたときよりも左目がよく見えている。この数日間、仕事以外はあまり本を読まないようにしていた効果が出てきたのだとしたら、ちょっと困ったことだ。

もともと右目は度数をぎりぎりまで上げていて右目の方が、矯正視力が低い状態だったので、その状態に戻っただけのはずなのだが、さすがに半日では慣れないのか、かなり目が疲れる。

また、左目の度数が上がったことで、小さい文字はもう限界。最近は悪かった左目で老眼対応をしていたということが分かる。早々に老眼用の眼鏡を作らなければならない。

さらに、今度の眼鏡はレンズの幅が少し広くなったことと左目の度数が上がったため、レンズの重さが増えている。汗をかくこれからの季節、この重さがずり落ちの限界だなと思う。ジョンレノンやスティーブジョブス風の丸眼鏡にあこがれるが、上下の幅の分だけレンズが重くなるのは明らかなので、やっぱり無理かなと思いつつ、度数を下げる老眼用ではいけるかもと少し期待していたりする。

2009.07.10

今朝は大雨風

今朝は花堂でも粟津でも大雨風。ズボンが膝までぐっしょり。スノトレをはいていたのに靴下が濡れるほどの雨だった。乾くかなとズボンを、ハンガーに掛けてロッカー室のドアノブにかけておいたら生乾きぐらいまでは乾いた。それも家に着く頃には乾いた。と思ったら、靴下にだけ小さな雨染みが残っていた。

2009.07.09

坊ちゃん 夏目漱石(青空文庫)

これまで何回も読んでいるのだが、今回は松山の悪口、新聞の悪口の連発の部分がかなり気になった。フィクションとはいえやり過ぎな感じ。治療のための書き物としては、自分と違う誰かになりすます行為がどうしても必要だったのかなと思う。

2009.07.08

左目視力悪化の原因

左目の視力悪化は、職場PC更新時の画面幅拡大が原因かもしれない。
更新前の幅ならば目で全体をカバーできていて左目をあまり使わなかったのだが、幅が広くなってからは、左目を併用するようになったことが左目の視力低下の原因ではないだろうか?

ということで今朝からモニタの配置を右寄りにして、左目をあまり使わなくても良いレイアウトにしてみた。

と職場では思っていたのだが、帰ってから新旧PCのスペックを調べてみると、画面の幅はほとんど同じ、縦方向が短くなっているということが分かった。幅の話は気のせいで、単純に解像度が上がったことが原因のようだ。

2009.07.07

眼鏡を作った

左目の視力が明らかに悪くなったので、眼鏡を注文してきた。
右目は特注にならない限界の10DPのまま、悪くなった左目は4DP上がって10DP近くになった。枠はレンズの重さを抑えるために必要最小限の楕円のチタン枠。チタンの地色の明るい銀色。屈折率最大(1.8)のガラスレンズ、非球面レンズのゆがみのない映りも魅力的だが、重さ軽減のためレンズを小さくしているので、値段の安い球面レンズにした。

左目が悪くなった要因としては、職場PC更新により表示文字が小さくなったこと(89→100dpi)、家のPCがMacbookになってこれも表示文字が小さくなったこと、帰りの電車で本を読むことが増えたこと。705NKでの読書が増えたことなどが怪しい。さすがに705NKは目に悪そうなのでこれからは止めることにする。なぜ左目だけという点はよく分からない。右目はこれ以上悪くなりようがないということなのだろうか?

これ以外に、老眼のために眼鏡を外すことが多くなって、左右裸眼で極端に近づいてものを見るため、左右の度数が縮む方向に変動した可能性があるかもしれないと思う。

2009.07.06

電子メモ1周年

紙の手帳を止めて電子メモで日誌を付け始めてから1年。
やはり電子メモは検索ができて便利。紙の手帳のパラパラ読みの魅力も覚えているが、電子メモでも読もうと思えば読めるし、検索で知りたいことがすぱっと出てくる便利さからは元に戻れない。

ただ、ファイルが大きくなってきて保存の時間が長くなってきたので昨年分を分割した。2008年分573kBを引いて2009年以後分が896kBになったのだが、Windows上のMeadowではまだ結構ファイルに時間がかかる。MacでのCarbon Emacsでの保存と比べると体感で2倍ぐらい違っている。

おそらくはMeadowとCarbon Emacsで使っている内部文字コードが違っていて、僕が使っているutf-8と一致するかどうかで、速度が変わってくるのだろう。

2009.07.05

夕食を大人用と子供用に分ける

今日から夕食のおかずを大人用と中高生の子供用とに分けることを始めた。
僕の健康診断の結果が悪くなったことが理由。今日は大人はハタハタの干物、子供達は鶏唐揚げ。家内の手間は大変なのだが、家内も脂っこくない食事がおいしいと喜んでいる。続くかどうかは分からないが、基本ルールにはなるのではないかなと思う。

健康診断の結果

今年からさらに結果が悪くなった。
肝機能(GOT、GPT、γGTP)が軒並みNG、コレステロールもLDLと総コレステロールが外れていて、典型的な脂肪肝モード。糖質供給量を増やすことによりうつの改善を狙った意識的な"食べ過ぎ"の結果としての重増加なので仕方のないこと。

脂肪肝は結婚直後以来、2回目だ。食事を減らして運動すれば良いことは分かっているのだが、食事を減らすと、エネルギー供給に悪影響が出てうつが悪化しそうで怖いし。週末はヘロヘロという現状からして、今以上に運動をするのは難しい。

家内から、"とりあえず、食事の脂肪分を減らそう"という提案があって、夕食を大人と子供で作り分ける事になった。

2009.07.04

老人力 赤瀬川原平(ちくま文庫)

もう、最初に出版されてから10年も過ぎてしまった。
赤瀬川さんももう70歳を越えて、老人力が爆発しているのではないかと思う。老人力という本のことさえ忘れているかもしれない。ってそんなわけないか?

調べてみたら"東京オトナの修学旅行"という街歩きの連載をやっていて、それなりにお年を召された感じだが元気そうだ。よかった。

2009.07.03

GPSロガー Holux M-241注文

2009.10.25追記
やっと使えるようになった。記事はこちらを参照。

ちょこっと記事を書いて、そのままになっていたGPSロガーを注文した。
最後までHoluxのM-241にするか、SONYのGPS-CS3Kにするかで迷っていたが、今朝の電車でM-241を鞄にぶら下げている人を見て"いいな!"と一目惚れで決めてしまった。さっきAmazon経由でPDA工房に注文したので来週末ぐらいには届くだろう。本体10,000円+マーケットプレイス手数料525円。後で気付いたが、Amazonから直接の出品もあってそちらの方が安全だったかも?

決め手はBluetoothと口コミ。Bluetoothは取っつきににくいが慣れてしまうとかなり便利。705NKからの写真吸い出しには便利に使っている。それからAmazonでの口コミはGPS-CS3Kの評価が結構きびしかったのが気になってしまった。考えてみれば写真データはMacに必ず入れるし、GPSログとのマッチングはMacでやればよいのでGPS-CS3Kは壊れる部分が多いだけ仕様としては余計だと考えたこともある。ただ、Holuxがメジャーな会社ではないことは確かで、壊れるという点では心配はある。

そして最後に背中を押したのは価格差。5,000円の差はBluetoothとカードスロットの仕様差とブランド代だとすると、やっぱりちょっとGPS-CS3Kは高いなと思う。

今月下旬の旅行には持って行けそうで楽しみ。それまでに使い方を練習しておかねば。

老眼にも季節変動があるのか?

ここ1ヶ月ぐらい老眼が進んだ感じが強い。
去年はエアコンでドライアイかと思っていたが今年は近くに焦点が合わない傾向がはっきり強くて、明らかに老眼が進んでいる。老眼にも季節変動があるのかもしれない。

2009.07.02

通勤電車故障

朝の加賀温泉からの電車が遅れて40分遅れで出社。
この電車は花堂を出た時点で5分ほど遅れているのを線路脇から見ていた。その後も特急の前をゆっくり走って大聖寺に停車。特急が追い越したので加賀温泉で待つ。パンタグラフの片方が故障したため片側で運転できるように接続変更をしたために遅れたとのこと。

昭和37年製造の車両は廃車して、そろそろ新車になって欲しいところだが、福井以南のように2両編成になって定員が減るのは困る。このまま新幹線並行在来線として分離されるまで、この車両でがんばるのだとすると、金沢以南に伸びてくるまでの10年以上の時間があるだろう。また、金沢開業の時点でどこまでがJRから分離されるのかという点も、駆け引きの材料として残っているので、福井以北の車両が改善されることは少なくともあと3年はなさそうだ。

2009.07.01

職場PCのライセンス管理対応その後

昨日、ATOKを抜いてMS-IMEに変更した。
慣れてはきたが、入力補完がないのは痛い。なんとかATOKを使う方法はないかと考えるが案なし。誰かが反乱を起こして職場のルールを変えてくれれば良いのだが、望み薄だろうなと思う。

Firefoxも抜いたのでIEのお気に入りを整理。仕事用と割り切っていたので、中途半端な整理状態になっていて、結構、ごちゃごちゃしていて手こずる。あせる必要なないので、ぼちぼちやることにした。

一方、Meadowは抜きたくないので起動時チェックから逃れることを想定してUSBメモリーから起動させてみたが問題なし。だが、起動時でなく昼休みにスキャンされた場合、USBから起動しているアプリケーションは、ウイルスがらみで摘発が厳しいと思われるので、D:\Meadowからの起動のままにしておくことにする。

これが引っかかるとなるとサクラエディタになるのだが、いつの間にかアウトライン機能が追加されていて、後はキーアサインの問題が残っているものの移行できるかもしれない。

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