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2009年9月

2009.09.30

巨人が強すぎる件について

今年の巨人は滅法強かったらしい。
ぶっちぎりの優勝だったそうだが、日本シリーズに出るのはクライマックスシリーズの結果如何だという。これって、モロにビジネスぽくていやだなと思う。

年間のシリーズは日々、巨人が勝って最大勢力の巨人ファンを納得させる。他球団のファンの人にはクライマックスシリーズで夢を見てもらうけど、やっぱり日本シリーズは巨人だからねという筋書きがあるように見えて仕方ない。

儲からなくなってしまったプロ野球は、現実的なビジネスに成り下がっていくしかないのだろうか?娯楽が多様化してしまった今、テレビでさえ存続があやしくなっているのだから、そのまたコンテンツである野球がこうなるのは仕方ないのかもと思う。

日本の行く道 橋本治 (集英社新書)

いつものような橋本節に引きずり回されて結局良く分からないなあという本。
こういう本ができてしまうのは、納期優先の出版社の方針のため、あるいは編集者の能力不足かもしれない。最近、著者は小説も出しているのでそちらにエネルギーを使っていて、新書には力が入らなかったということだろうか?

2009.09.29

定期券の更新

今年下期分の定期券を入手した。

また半年が過ぎたということ。これで復職後、3年と1ヶ月。仕事の量と質の両面で確実に良くなったとは言えるが、満足できるほどではない。一方、最近はデジャブのように休職直前の些細なことと現在との一致点を発見したりして、あまり変わっていないなとも思う。

一番違っているのは不調を不調としてそのまま受け入れることができるようになったことだと思う。
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2009.09.28

エコナ販売停止

エコナの飽和脂肪酸が体に良くないという話は、新製品として世に出た時からあったと記憶している。それ以前からマーガリンの飽和脂肪酸が問題になっていて、それでもこういう商品を出すのかという批判だったはずだ。

商品としては成功して2000億円の売上げだそうだから、今更、何故止めるのかという疑問が残る。海外での評価が良くないことを理由にしているが、いよいよ出てはまずい情報が出てきたのかもしれない。

それとも、単純に儲かっていなかったのではないかとも思う。天然材料の食用油が高騰していた去年までは、何とか採算も合っていたのだが、需給が緩んだ今年からは儲からなくなっていたのかもしれない。何にせよ、花王にとってはコアビジネスではないのだから、撤退前提で始めた事業ということか。

2009.09.27

10,000アクセス

今朝、このブログも10,000アクセスに達した。ついでにこの記事で投稿数は1,000件になった。

9,000アクセスが9月5日なので、3週間ほどで1,000アクセスがあったということ。最近は急激にアクセスが増えていて、驚いている。一方、記事は相変わらず内容のないものばかりで恐縮の極み。特にPCやGPSロガー関連は日記レベルなので、アクセスログに記事名を見つけると、舌打ちが聞こえてきそうな気がしてしまう。

とはいえ、ネットは玉石混交、石もなくちゃねと、この先もこんなペースで書いていきたいと思う。

暦埋めを始めるか?

八幡山登りも10回目になった。
やっと慣れてきたかなというところだが、そろそろ飽きてきた感じもある。季節のめぐり変わりの魅力はあるが1年ぐらいが限界かなと思う。と思っていたら、新聞に"暦埋め"の記事が出ていた。何年かに渡って登山を続けて、登頂日で1年365日を埋めていくというもの。これなら結構やる気も出るかもしれない。

2009.09.26

Macbookのガンマ値

SnowLeopardから画面のガンマ値が変わるという記事を読んで、Macbookの設定を変えてみた。
システム環境設定のディスプレイ:カラー:補正に入って、現状の1.8からWindows用の2.2に変えてみる。これで画面の見え方がWindowsと同じになったというのだが、今ひとつよく分からない。よく見てみるとメニューバーの色も含めて全体に暗くなった感じがすることが分かる程度だ。

僕は色弱なので微妙な色の話は苦手だし、そもそもガンマ値が2種類ある理由からしてよく分からない。でもその僕が見分けられる程度の差があるということだから、デジタル写真で仕事をしている人にとって、非常に面倒なことだったであろうことは推測できる。これは、またひとつ、ガンマ値という点でWindowsがデファクトスタンダード戦に勝利したということなのだろうか?

2009.09.25

記憶力が落ちた

最近、記憶力の低下を強く感じる。
特に仕事関連では、今やっていること以外についての記憶力がほとんどゼロといっても良い。他の人の話に出ると思い出すのだが一旦は完全に忘れてしまっている。記憶力に加えて集中力の問題のような気もする。

加齢によるものなのか、病気によるものなのか、薬の副作用によるものなのか?いずれにしても現状では仕事への本格復帰は難しいなと痛感する。1週間前の打ち合わせの内容が思い出せないし、それどころか打ち合わせがあったことさえ忘れている始末なのだ。

何か解決策はあるのか、若年性認知症の始まりだったりすると怖いなと思う。

2009.09.24

JR北陸線の架線事故

今朝、丸岡-芦原温泉間の上り線の架線損傷事故があり、下り線も徐行運転。
現場では上りのしらさぎが停車していて、運転席の目の前の架線から架線を吊るケーブルがぶら下がっていた。気付かずに特急が通過していたらパンタグラフに巻き込んで、結構な事故になったのではないかと思う。

現場の手前側にある芦原温泉、加賀温泉の駅には、渋滞した特急がずらり。北陸線は普通列車よりも特急が多いのだから、こういう景色もあって良いのだが、田舎者なので特急が沢山止まっているとちょっと興奮してしまう。僕の乗る普通列車は加賀温泉でおはようエクスプレスを待って約15分遅れ。職場には8時ぎりぎりに到着した。JR西日本のサイトによれば9時前には復旧したようで、帰りの電車は問題なく定刻に帰れた。

2009.09.23

帰りの駅はひとり

今日の帰りの電車から、花堂で降りたのは僕一人だけ。5連休の最終日、休日出勤の人も早めに切り上げたのか、客商売の皆さんはまだまだ帰れない時間なのか?こういう経験は初めてだった。

デパスの依存性

デパスに依存性ありのWeb記事を見つけて読む。
効能は逆だが精神状態を変えるという意味では覚醒剤に近いのだから、依存性があるのは当然だと思う。飲まないことで不安になるという擬似依存もあると書かれていたがそれも当然だろう。しかし、眠るための薬としてではなく、パニック障害や、胃痛などへの処方だった場合には、眠りに影響するという事実を知らずに急激な断薬を行ってしまい、離脱症状で不眠状態に陥ってしまうのは危険な状態だなとも思う。

僕自身は既にデパスなしでは暮らせない体になってしまっているので、時既に遅しという感じ。もう1点、気になるのは、数年前にデパスを飲み始めた頃には、デパスは依存性がないという記事ばかりだったのに、いつの間にかデパスも依存性のある薬だと評価が変わっている。これは使用者が増えて依存性を訴える人が増えたためなのだろうか、それともデパス以外の薬を売りたい人のネガティブキャンペーンなのか?この理由は重要だと思うのだが、素人には知るすべがない。

2009.09.22

Macに慣れてしまうと

使い始めはいろいろ分からないことがあった。たとえば以下の例。
 ・ウインドウ最大化ボタンを押した時の挙動がよく分らない
 ・ウインドウ最大化で起動する方法は?
 ・ファインダーのウインドウを起動時から十分な大きさにするには?
 ・キーボードショートカットのキーアサインが複雑すぎて実用にならない。
でも、使い慣れてくると全部どうでも良くなってしまった。

仕事で使っているわけではないので画面一杯にウインドウが開かなくてもかまわないし、トラックパッドが優秀なのでショートカットでがんばらなくても操作性は良好、ファインダーも職場みたいに何段階ものフォルダの底まで探しに降りることがないので、起動時のウインドウサイズで十分だ。

比較すると不満の種はある。でも、本当にそれが問題なのかは使ってみないと分からないということ。経験のない文化には違和感を感じるが、その文化の中ではそれなりに合理性があるのだということを学んだ。ただし、リアル世界について言えば、どうしても受け入れられない文化も多いのが、悩みの種だけれど。

2009.09.21

新潟たれカツ丼とソースカツ丼

何かの記事で偶然、新潟たれカツ丼を知った。
ソースカツ丼のソースの代わりにしょうゆ味のだしを使うもののようだ。B級グルメで町おこしの流行る今、これもそのひとつかなと思う。ここまでは良いのだが、ついでにソースカツ丼を検索してみると駒ヶ根市とその近所や会津でもソースカツ丼が名物になっているのを見つけた。駒ヶ根付近では市長同士の本家論争にまで至ったというのにはびっくり。検索結果もこれらの町が上位で福井はずいぶん下になっている。歴史は福井が一番だと思うが東京からの距離が検索順位に反映されているのだろうなと思う。

こういう状況をとらえて"新幹線"を求める声が上がるのだろうけれど、物理的な距離は新幹線が来ても変わらない。時間が短縮されても旅費が安くなるわけではない。福井という町は首都圏からの観光という観点ではコストパフォーマンスが悪すぎる。新幹線が無料化でもされない限り状況は変わらないだろう。

いや、無料でも来ないかな?訪ねて良い場所と住んで良い場所は違っているということは福井の皆さんは、分かっているのだろうけど、観光で食べている人にとってはそうも言っていられないのだろうな。

2009.09.20

レストランの牛肉メニュー

成形肉を使ったサイコロステーキでのO157食中毒事件以後、初めてファミレスに出かけた。
家内の注文の成形肉を使っていたと思われるサイコロステーキが入っているメニューでは、普通の肉に変更されているし、上の子のステーキもいつもと違う仕上がりでこれも成形肉が使われていた模様。下の子が注文した"弾丸ハンバーグ"という鉄の塊で仕上げ焼きするハンバーグは、これまでのレア気味から完全にウェルダンに変わっている。ハンバーグでは食中毒は起きていないものの、安全重視で何のための鉄塊か分からないメニューになってしまっていた。

こう書いていて、皿が並ぶまで家族全員が食中毒事件を忘れていた暢気さは、ちょっと恥ずかしい気がした。

2009.09.19

Dr.コトー診療所(2005年のテレビドラマ)

休職中に弟から借りたDVDを半年がかりでやっと見終えた。
貸してくれたのは、退屈しのぎと思ったのか命を大切にというつもりだったのか、会話の少ない兄弟なので意図は良く分からない。

原作の漫画は読んだことはない。ドラマを見る限りでは、手塚治のブラックジャックとさだまさしの風に立つライオンという歌からいいとこ取りしたような内容。導入部で島民になかなか受け入れられない場面が続くが、僕が以前に住んでいた町で町内の人達から浮いた感じでしんどかった自分の体験とダブってしんどくなる。Dr.コトーは活躍と存在の必要性もあって受け入れられていくが、僕の場合はうまくは行かなかった。僕である必然性はなくてうっとおしいだけの評価だったと思う。まあ、そんなことを今更言ってもしょうがないのだけど。

2009.09.18

もうフルムーン

通勤で使うJRの駅にフルムーンパスのポスターが貼ってあった。
後何年で使えるのかなと、考えてみると、なんと僕と家内もいつの間にかフルムーンの対象になっていた。退職後に退職金でゆっくり旅行をという企画だったような気がするが、いざ自分がなってみると、結構若いんだなと驚く。そういえばフルムーンパスが始まった頃は55才定年の頃で、定年の10年ぐらい前から使えるというイメージがあった。

僕も60才定年でもあと14年、四捨五入したら10年なのだから、フルムーンの時期なのは当然だなと思う。

地主と小作、旧家と使用人がいた世界

戦後の制度改革で身分制度はなくなった。そして60余年が過ぎて、その時代を知る人がいなくなる時代がやってきている。

その時代の空気は、もう映画などを含めた文学作品や社会学の研究の世界にのみ残ることになる。僕らの世代ぐらいまでは太宰治や島崎藤村の作品の中に自分の経験や知識を応用して、その時代の最後の姿を見つけることができるが、今の子供たちの世代にとっては完全に想像力の外の世界となり、作品を読んでも理解することはできなくなるだろう。

そうなることは仕方ないことなのだが、この先、身分制度や貧富の差が社会問題となっていった時に、歴史から学べる範囲があまりにも小さいことは、残念なことだと思う。

2009.09.17

美人はDNAのシャッフルのため?

放って置いたら人間は同類が集まって似たようなDNAが濃縮されていく。
タブーがあるのは近親婚以内だから、頭の良い人同士、体を動かすのが好きな人同士などが結婚して、類似したDNAが集まってくることになる。平和な時ならそれで良いが、危機に瀕した時にはこういう偏ったDNAは弱い。

そこで神様が考えたのが美人という混乱要素。美人という判断基準は頭の良さや体力とは相関が薄く作られていて、美人に心惑うことが、DNAをシャッフルする機能になっているのだろう。さらに最近は平和が続いたためか、女性からもイケメンを求める動きが強まっている。平和が続くと男性からのシャッフルが弱くなるため、女性からのシャッフルを追加する仕組みなのかもしれない。

2009.09.16

iTunes9とコンピレーション

iTunesが9になってカラムブラウザが左に出るようになって便利になった。
そこで気が付いたのは、表示されないアーティストがいること。調べてみると"情報"で"コンピレーションの一部"にチェックがはいっている曲は、カラムブラウザではコンピレーションの中にだけ表示されてアーティスト名が出ないことが分かった。

この機能を使えばカラムブラウザに名前を出したくないアーティストを隠すこともできる。これまでもこんな仕様だったのかもしれないが、カラムブラウザが便利になってやっと気付いた。逆にコンピレーションの一部なのにチェックが入っていない曲もある。どういう理由かはよく分からない。CDDBがおかしいのか、日本(語)対応がうまくいっていないのだろうか?

では、と修正を始めたが、これが結構面倒だ。色々やってみたが、1曲ずつ次へで送りながら"情報"を開いてチェックを外すしかないようだ。この仕様はあんまりだなと思うが、数十曲だったので約20分ぐらいで終了。この次はインポート時に1枚ずつやれば良いのなら、見切った仕様も仕方ないかなと思う。

2009.09.15

身体感覚を取り戻す 斎藤孝(NHKブックス

声に出して読みたい日本語の編者の、活動開始時点での問題意識をまとめて、これからやることを宣言しているいわば"斎藤孝序論"。

以後の活動はこの本にまとめたことを順番に展開しているように見える。おそらくはここに至るまで試行錯誤の時代があったのだと思うが、これだと見据えて本にまとめ、それを実行していく著者のやり方は、明治か江戸時代の人のようだ。

身体と心を一体として修養することが必要という当時の常識を現代に合わせた形で復活させることがこの著者の目標だとすれば、その手法が似てくるのも当然かもしれない。ただ序論的な内容なので具体的にどうするという点は中途半端になっている。これに続けて、各論の本を読んでみようと思う。

2009.09.14

花堂駅歩道バリアフリー工事

越前花堂駅前広場の歩道のバリアフリー工事を行っている。
駅から見て両脇は終わっていて今は駅に一番近い辺の部分の工事がもうすぐ終わるところだ。歩道の段差を小さくして、中央に黄色い歩行ガイドを埋め込んでいる。

でもこの場所は誰も歩かない。駅へ登る階段は両脇にあるので駅に用事のある人なら中央部を通る必要はない。それ以前の問題として、この部分には違法駐車の車が常時乗り上げていて、人が通ることはできない。その実態を認める訳にもいかなかったのだろうけれど、実態を否定した無駄な工事は止めて欲しい。それとも国からの補助金を得るためには、歩行者のほとんどいないこの駅前の歩道であっても、この設計が必要だったのだろうか?
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今朝は霧

朝、玄関を開けたらひんやりした空気。久しぶりに霧の朝。視界500m程度だったが、電車は定刻だった。
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2009.09.13

カラスを捕まえるワナ

八幡山の頂上付近にカラスを捕まえる大きなワナがあるのを見つけた。
頂上の少し手前の北側の小さな登り口を入っていくと6畳間ぐらいの金網で囲った大きなワナがある。中央の天井が2畳分ぐらいで開いていて、その下に何かの内臓と思しきえさが容器に入れてありカラスが入ってくる。でも入り口から下に向けて50cmほどの針金がぶら下げてあり、これに羽根がぶつかるカラスは出ることができない。中には10羽ほどのカラスがいて何匹かは中を移動したりしている。見つけた瞬間は何かよく分からなかったが、手前に先日と同じと思しきタヌキが2匹。檻の中に口先を突っ込んでえさを食べていた。こいつらはここのえさ目当てにこの辺りをうろついているのだと分かった。

誰が何のためにカラスを捕まえているのかがよく分からない。殺して数を減らすためとすると規模が小さすぎる感じ。カラスは利口なので最初の何羽かが捕まった後はもう近寄って来なくなるだろう。なんだかよく分からない施設だ。
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2009.09.12

中国みやげの甘栗

中国旅行のみやげに立派な箱に入った甘栗をもらった。
やや平たい四角い箱で、高級そうな作り。マロングラッセのように、中は仕切りがあって1個ずつならんでいてもおかしくないような箱だった。
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ところが開けてみてびっくり。中にはアルミコーティングのスーパーで売っているようなパッケージが2つ入っていた。うーん、中国クオリティ。
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僕の仕事関連の機械部品でも、見た目は完璧で、強度の劣る材料を使ったり、完品では見えなくなる部分の溶接の手を抜いたりなど、いろいろあるとの話を聞いていたが、お菓子であっても"手抜かりなく"手抜きがしてあるのには恐れ入った。部品供給やOEM元としての中国は確実に力を付けて来ているが、中国ブランドの中国製品が世界に通用するまでには、まだまだ長い道のりがありそうだ。


2009.09.11

福井の人の足首が太い

福井と石川との間を電車で行き来している。
距離にして50kmほどなのだが、互いのDNAには確実な違いがあると感じる。何が違うのかというと足の太さ。太っているとかやせているとかいうのではなくて、骨の太さが違っている。特に足首の太さが特徴的で、ズボンをはいていると分からないのだが、スカートの人でいえば7割ぐらいに当てはまると思う。

福井と石川は方言のイントネーションがずいぶん違っていて、朝鮮語風に聞こえないでもない。おそらく福井人には外来のDNAが多く含まれているのだと思う。

2009.09.10

千曲川のスケッチ 島崎藤村(青空文庫)

明治の終わりから大正にかけての信州の風物を1年間の日誌風に描いた随筆。
厳しい気候と底辺を生きる人たちの姿。同じように教師として田舎に向かった夏目漱石が、田舎への嫌悪感を小説にしたのと対照的に、暖かい眼差しで田舎の人たちを見ている。

山奥の暮らしや屠殺の風景も出てきたりするのは、後の"破壊"への導入としてこの文章が書かれたことを思わせる。

ここまで書いて念のためと調べてみたら、藤村は馬籠の出身だった。文中では小諸周辺の暮らしをめずらしく書いているので勘違いしてしまった。

近所の中犬が放し飼い?

夜と朝だけ近所を犬がうろついている。
赤い首輪をして白から薄茶色をした、まだ大人に成り切っていない中犬だ。家内は迷い犬なら保護したいと思っていたようだが、数日過ぎてもやつれる様子もなく元気そうなことと、朝晩だけうろついていることからして、夜だけ放し飼いにされている可能性が高いということで、様子を見ることにした。

我が家の感覚では放し飼いというのは心配過ぎて絶対無理なのだが、昔の感覚ではこういう飼い方もありなのだろうか?そういえば、先日見た"ハチ公物語"のハチは完全に放し飼いで、放し飼いでなければ、あの話は成り立たないなと少しだけ納得した。

2009.09.09

メダカが生まれた

昨日、卵を隔離容器に移したばかりなのだが、今夜になって2匹が孵化していた。体長は5mmぐらい、体の太さは0.5mmぐらいだろうか?家族みんなで喜んでいる。写真を撮りたいのだが、あれだけ小さいと難しそうだ。週末に挑戦してみようと思う。

Evernoteの試行開始

評判の良いEvernoteの試行を始めた。まだ、Web版しか使っていないが、メモの一元管理には確かに便利に使えそうな感じ。

ただし問題点もある。無料版ではオンラインストレージとしてのデータ送信量に制限があったり、データ種類も限定的で、日誌メモは容量も大きいので有料版($5/月か$45/年)でないと無理な感じ。また、管理用のアプリケーションは職場のルールでインストールできないのでWeb版しか使えない。携帯電話からのメモメールの受け側としても使えるのだが、メールに加えてまたひとつ巡回するアプリケーションが増えるのも面倒そうな感じだ。また、こういうサービスの根本的な問題として個人データをどこまでサーバに置くのかということも悩ましい。

とりあえず、Mac用の管理ケーションを入れてみて、本当の便利さを実感してみないと採否の判断はできないというのが現時点の結論。

2009.09.08

子供の写真がうまく撮れるわけ

以前は自己満足ながらも、良い写真が撮れたという時が結構あったのだが、最近はまれだ。写真に向けた情熱の差かなと考えていたが、それだけではないことに気付いた。

先日、子供相撲の写真を撮った。この時は特別にうまく撮ろうとかの考えはなく、ただ会場が収まるようにというだけの構図で撮ったものだ。でも、坂の上の神社から坂の下にある会場を撮ったおかげで立体的な構図になっていて、その分、少しうまく撮れた感じになっている。

以前、写真がうまく撮れていると思っていた頃は、うちの子供たちは幼く小さかったので、僕の目線から子供たちを撮れば自動的に立体的な構図になっていた。ところが、大人になってしまった子供たちを撮っても、ほぼ同じ高さの目線なので平板的な写真になってしまう。その差が写真の出来につながっていたのだ。

それ以外にも、当時の子供達の無防備な表情や激しい動きなどの別の要素もあるとは思うが、構図が一番、効いているのではないかと思う。ということで、うまい写真を撮りたかったら足を使って構図を工夫するという基本に立ち返るべきだということを再認識した。

2009.09.07

メダカが卵を産んだ

下の子が飼い始めたシロメダカに、早くも卵が生まれた。
ちょうど今が産卵の時期とのことで、もう1週間ぐらいの間、3匹のメスがおしりに卵と付けながら泳いでいて、水草の葉陰や水槽のガラスなどいろいろな場所に卵が産み付けられている。その間、オスが2匹とも死んでしまったのは受精を終えて体力を消耗したのだろうか?

オスを追加で買ってきて補充するかという話をしていたら、産卵が始まって1週間程度過ぎた昨日の夜、透明な卵の中に目玉が見えるようになっているのを上の子が発見。ちゃんと受精卵になってまもなく生まれそうなので、あわてて今日になって子メダカを隔離する容器を買いにいくと子供たちも家内も盛り上がっているようだ。

粟津駅のユリの花

毎朝、電車が駅に着いてホームに降りるまで、貨物駅があった野原にたくさんの白いユリの花が咲いているのが見える。
人が植えそうな場所ではないので野生種なのか、それともどこかにあったものが広がったのだろうか?栽培するユリは球根からが常識だが、野生のユリは種を飛ばすのかも知れない。
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2009.09.06

子供相撲大会

今日も八幡山に登ってきた。頂上へ向かう途中、下界(というほどの高さはないが)から拡声器でワイワイ騒いでいる。良く聞いてみると子供相撲の実況だった。

帰り道に少しだけ遠回りをして、相撲大会をやっている熊野神社側に降りてみた。境内に結構りっぱな土俵があって小学1年生の女の子が勝ち抜き戦で相撲を取っている。男の子が少ないのは自分たちの順番が来るまで集まらないということだろうか?全体に低学年ばかりだったのも順番が来てからなのか、それとも参加しなくなってしまうということなのかもしれない。周囲には親と思しき大人がたくさんと世話役の年配の人達。ご苦労様だなと思ったが、今時、子供相撲に参加している小学生、それも女の子達が一番すごいなと思う。
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倒れた稲の稲刈り

今日は近所の田んぼで一斉に稲刈りをしている。
今年は至る所で稲が倒れているので、手作業で刈っているところも多く、大変そうだ。手作業で刈ったものをどうするのかと思っていたら束ねてコンバインに食わせている。なるほど、刈取り以後の作業はそのまま機械にやらせるだけだった。

素人考えでは、稲が倒れているのは生育不良で茎が弱いのだろうと思っていたが、稲作をやっている知合いの話では、長雨で丈が伸びすぎて倒れやすくなったのが原因とのこと。おそらく倒れた稲は雨の後に乾きにくかったはずで、今年の作況はやや悪いだったけど、米の段階ではもっと悪いのではないだろうか。

2009.09.05

9,000アクセス

今日で9,000アクセス。
8,000アクセスが何時だったかのメモは残していなかったが、7,000から8,000よりも8,000から9,000のほうがずっと速かったと思う。最近は明らかにアクセスが増えている。何故増えているのかがよく分からないのが不気味だ。

高速道路は無料化したら国営?

散髪屋のいわゆる床屋政談での話題だが、民主党の高速道路無料化が実現した暁には高速道路はどういう経営になるのだろう?

売り上げは全部国が払うとしたら、民営化に意味があるのだろうか?運営会社がサービスを向上させて利用が増えれば国家財政を圧縮することになる。だいたい、予算が立てられないのではないだろうか?1000円乗り放題は景気対策として期間限定だから成り立っているのだと思うのだが、どうなのだろう。

初めから無料の国道は国営だし、アメリカのフリーウェイは州が管理しているようだ。でも国営に戻ると勝手にいらない道路を造り続けることは間違いないだろうから、それは困る。

民主党の政策は行政の無駄をなくしますという主張の大前提と矛盾しているような話が多くて早晩、行き詰るのではないかと思えてきた。

ハチ公物語(映画のテレビ放映を録画)

家内が録画していた"ハチ公物語"の映画を見た。昔は大変だったなあ犬も、そして人間もと思う。
主人亡き後のハチ公もあちこちたらい回しになり苦労したようだが、これが人の子であっても、急に親が亡くなったらこういうことになったのだろうなと思う。もしかすると今でもそういうことは多いのかもしれない。

また、印象的だったのは人が簡単に死ぬこと。救急車で運ばれることもないし、点滴や酸素ボンベで延命されることもない。倒れたらそれでもうおしまい。今の感覚ではそういう死に方の方が幸せかなと思う。でも、ハチのたどった運命を見ると、一家を支える人は簡単に死んではいけないという思いが、今の救急救命医療を築いたのだなとも理解させられた。

映画は1987年公開で映画界が最も不調だった時期の作品だが、そこそこヒットしたらしい。結構、豪華キャストだし、大正時代を再現したセットもそれなりに手間をかけてあるように見えた。話も受ける内容、でも話のつながりに間がありすぎてちょっともどかしい。あの頃はこんな間合いが普通だったのか、それともこの映画の独特の間合いなのかは映画通ではないのでよく分からない。

2009.09.04

Macにもウイルス時代が来るか?

ついにウイルスバスターMac版が出てしまった。
カスペルスキーのMac版も出たようでとうとうMacもウイルス時代が来るのかと憂鬱になる。
ブラックジョークに言うような、アプリケーションメーカーが直接ウイルスをばらまくというような悪事はないとは思うが、対策ソフトが出るということはそれがビジネスになるという判断があったということで、それと同時にウイルス作者にとってもビジネスになりうるとの情報を与えることにならないかという点が最大の心配事だ。

しかし冷静に考えてみれば、Windowsでの問題がMacでは問題ではないとは言えないということはまぎれもない事実で、この流れを止めることはできないのかもしれない。

2009.09.03

制服の意匠の存続期間20年が過ぎた

最近の購入分から職場の制服のメーカが変わっている。
20年ほど前に、グレーのいかにも作業服というものからライトブルーの山本寛斎デザインのものに変更となって、それ以来ずっと"KANSAI SUPER STUDIO"ブランドだったのだが、見知らぬブランドになっている。

ふと考えてみるとこのデザインになってから20年。意匠登録の期限切れでこのデザインを自由に使えるようになって発注先を変えたのだということに気付いた。意匠というと無期限に使えるべきとも感じるが、法律上は20年という期限がある。最近の使い捨てないデザインの流れからすると短すぎるようにも感じるが、確か意匠登録はそのものずばりの形状だけの制限なのでこの程度の期限でも良いのかもしれない。

2009.09.02

福井で自民全勝の訳

福井は3選挙区とも接戦の末、自民党候補が勝利した。
敗れた民主党の候補は比例区で復活、もう一人、比例区のみの民主党候補がいたので全部で7人になった。福井新聞の記事によれば、福井から7名もの衆議院議員が選ばれたのは初めてらしい。与野党に分かれるとはいっても"チーム福井"として政府への陳情には戦力になるという戦略もありかと思う。

そうなると、この結果は出来レースだったのかとも勘ぐりたくなってくる。選挙区は自民を通す、比例区は民主党圧勝かつ選挙区が激戦だったので惜敗率で福井の候補全員が当選という作戦だ。石川県も同じようなパターンで7人なのだが、富山県は惜敗率で不利だったようで4人だけになっている。選挙のような不安定なものが作戦どおりに行くわけではないだろうが、これを誰かがコントロールしたのだとするとすごいなと思ったりする。

ラジオ体操で聴力検査

最近、職場内の放送の調子が悪いようで、朝のラジオ体操の放送の音量が小さすぎて体操がやりにくい。
みんな、かすかに聞こえる音に従っているのでいつも以上に動きがバラバラだ。なんとか聞いて、自分だけは正しく動いてやろうと耳を澄ませていると、聴力テストをしているような気分になって笑い出しそうになって困った。

2009.09.01

ツレはパパ一年生 細川貂々(朝日新聞出版)

うつから脱出したツレさん夫妻に子供が生まれた子育て奮闘記。
40代に入ってからの子育ては体がきついという話には共感する。これから新生児をもう一人育ててくれと
言われたら無理としか答えようがない。それと新生児の世話は睡眠不足との戦いになるのでツレさんのうつ再発が心配になるが、大丈夫だったようだ。子育ては大変だが仕事から受ける理不尽な"何で自分が"タイプのストレスとは違っていて、"しんどくても当たり前"という受け入れ易さがあったからだろうなと思う。

職場の歯科検診

今日は歯科検診。結果は問題なしだったが、あの程度のチェックで異常は発見できるのかとか、若い医師がたくさんの口を見るための練習台なんだろうかとか、いつも疑問に思う。

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