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2015.04.20

Windows10でのUI変化

Windows10ではスタートメニューの復活やデスクトップの改善ばかりが話題になっているが、Store App.改めUniversal/Windows App.や電話用アプリのUIも大きく変化するようで、OSの変更としてはこちらが本質なのではないかと感じ始めている。既に枯れた環境かつMicrosoftが勝者であるデスクトップの変化は、現在のIT市場での覇権競争にはあまり影響しないが、Windowsモバイル環境の復活は今後の流れに大きく影響するはずで、Microsoftがどのように窮状を打開するのかの物語が、一番興味深い。

Windows8.xでは、最後発タブレット向けOSとしてMicrosoftがiOSやAndroidを越えるUIを作ろうとして、スワイプインによるアプリバーメニューや各種チャームを実装した。狭い画面を有効に使うためにUI要素を隠すデザインにして、必要な時にはスワイプインで素早く表示できる仕組みはなかなか良くできている。僕もこれをとても気に入って、Surface2を使うたびにその良さを常々感じている。

しかし、戦略としてはまずかった。最後発ということは、新しくこのUIに触れるユーザは既にiOSかAndroidを経験している。見えないUIを呼出す操作は、初めての人には見つけられないため、第一印象は良くないものになる。開発者の立場でも、他環境版のアプリを移植する際にUIを作り直さなければならなくなり、投資が回収できるかどうかが分からない小規模な市場に新たな開発投資が必要というのでは積極的に進出できない。同様の問題はWindows Phone8.xのUIでも起きていて、カルーセルと呼ばれる横スワイプで画面を切り替えていくUIは他環境とは大きく違っていて、ユーザ、開発者の双方にとっての参入障壁となっている。

バルマーとシノフスキーは、Windowsでのマーケットリーダとしての経験を背景として、Windows8.xにこのUIを採用したのだろう。あるいは、"WindowsはMacOSの物まね"と言われ続ける状況を脱したかったのかもしれない。しかし、デスクトップWindowsのUI変更ならば、それを拒否する(=MacやChromebookを選択する)ことに比べてリスクが小さいという判断で、ユーザや開発者はついてきてくれる。でも、フォロワーの立場にあるモバイルOSの戦略としては先に述べたとおり不適切。さらに、新UIにデスクトップユーザまで巻き込んだ点が致命的で、Windows8.xでのオリジナルUIは完全な失敗に終わってしまった。個人的には出来の良いUIが葬り去られるという点で非常に残念だ。

Windows10の開発では、他OSと類似したUIに切替えるという方針変更をしている。アプリ環境の呼び名がStore/Metro/Modern App.から、Universal App.に変更されているのは、どのWindowsデバイスでも動くという意味だけではなく、"普遍的な、誰もが知っている"="iOSやAndroidと同じような"という意味を持たせているのかもしれない。また、SurfacePro3が3:2の縦長画面になったのも、単にデスクトップ環境での使いやすさの改善だけではなく、タブレット時にもUI要素を見せるという方針を受けて、そのためのスペース確保をしたという意味もあるのだろう。

この方針転換でWindows10でのタブレット/電話系アプリ不足が解消するかどうかはわからない。一方で、Windows10ではXAMLによる新しいダイアログデザインが採用されるとともに、クラウドサービス向けクライアントアプリがストアアプリ形式で提供されていることからすると、Microsoftは本気でアプリケーション環境を移行しようとしているように見える。新しい環境が定着するかどうかは、その環境のアプリが動かないWindows7を駆逐してWindows10が普及できるかにかかっている。BUILDで発表されるはずの、Windows10への移行戦略、価格戦略はかなり大胆なものになるのではないかと予想している。

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